12月23日。出勤前。
指が張り付いてしまう程冷えたポストの中に、一枚のクリスマスカード。
それをクリスマスカードと認識させるのは走り書きの「メリー・クリスマス!」という文字だけで、使用されたポストカードは今一つクリスマスに結びつかない透き通る青空の写真。差出人が誰かなどというのは、裏面を確認するまでもない。
「何処にいるんだか」
今年の春、他の連中より一年遅れて高校を卒業した弟は、どこのおかっぱに吹き込まれたのか写真に興味を持ち、夏前には何処で見つけてきたのかと言いたくなるような古い型のカメラを抱えて日本を飛び立った。
三年前から途端に騒がしくなった俺の生活は、弟の旅立ちを見送り、少し静かになり、また、大学入学から一年半が過ぎて落ち着いてきた子供達の来訪が少し減ってきたことで更に静かになっていた。
繋がりが途絶えたわけではない。大人になるという事は、こういう事の繰り返しだ。
人は、生活の中心に据えられるものに縛られる。大人は仕事で、子供は学校。
同じ場所で毎日顔を突き合わせる機会というものがどれ程貴重なものだったか、違う学校に通う子供達も痛感しているだろうか。いや、それが解っていたからこそ、シェアハウスなどと言う話が持ち上がっていたのかもしれない。
「……真似できない考えだ」
 家族としての暮らしすらまともに保てなかった俺には、シェアハウスなど到底想像もつかない。付き合った女との同棲すらままならない男だぞ、こちとら。
 結局、春人が実家に帰る事もあり、子供達のシェアハウスも叶わなかったわけだが。生活が離れてしまったあいつらも、最初は頻繁にやり取りをし、時間を作っては顏を合わせていたようだが、まだ授業にも新しい暮らしにも慣れない大学生五人全員の空いた時間というのも中々重なる事は無く、俺の部屋に訪れるのに五人揃っているという事が次第に珍しい出来事に変わっていった。
 携帯が不意に震えた。恐らくデスクからだろう。ここ数日、週刊北斗の編集部は多忙を極めていて、俺も実に二日ぶりの帰宅を経ての今朝だ。着信は、充分眠っただろうさっさと来い、の意味に他ならない。
 こうした、煩い呼び出しでもあれば別だが、俺は人との繋がりの糸を手繰り寄せるのが実に下手だ。ガンガンとコールを鳴らされて、漸く少し、糸を引く。
「去年は随分馬鹿騒ぎをしたな…」
 その頃、まだ日本にいる弟の卒業祝いを兼ねて。一昨年に槙原が引き当てたあのバカでかいツリーを飾った幽霊棟で。子供達も皆、懐かしい場所へ足を運んだ。あの頃は、煩いぐらい携帯が約束を取り付けてきたのに。そういえば今年は鳴らないなと、気づかされた。
 無理もない。明日がクリスマスだなんて事は、清史郎のクリスマスカードを見て漸く思い出したくらいなのだから。
「帰らないんですか」
「帰れないんだ」
 見てわからないのか、と俺は未チェックの原稿の山を指差した。多忙を極めるこの部署に新人を配属してくれたのは実に有難い。だがそれは、俺の下にでなければ、の話だ。よりにもよってバイト経験もないようなお坊ちゃんを取りやがって。おかげで俺は、未熟極まりない新人の尻拭いに日夜奔走している。奔走している、とは言いすぎかもしれない。それなりには本人に走らせているつもりだ。だが、最後のチェックは俺がやるしかない。チェックもなしに通せば最後、デスクが罵声と共に俺へ原稿を突き返してくるのが目に浮かぶ。
「噂の新人君は?」
「帰った」
 山の天辺を一枚手にした石野が驚きのニュアンスを持たせて「おやおや」と呟いた。
「君の仕事が終わっていないのに」
「…女と約束があるんだと」
「それを優しく送り出した、と?」
「煩い早く帰れ。花が待ってるんだろう」
 俺は動物を追い払う動きでシッシと手を振った。パソコンから顏も上げず不躾な仕草の俺を見ても石野は嫌な顔一つせず、驚きを拭った表情に柔らかい笑みを浮かべていた。クリスマスに浮かれているのか、と思ったが、クリスマスであろうがなかろうがこいつは年がら年中この顏だった。
「君を待つ人は」
「………」
「昼から携帯の電源が切れたままなのに、気づいていますか?」
 昼食を一緒にと、何度かかけたんですよと。そう言う奴の言葉に返事をしないままでいると、仕方ないですねえと溜息をついて遠ざかっていく足音を聞いた。
 聞こえなかったわけじゃないし、携帯の電源が切れたのにも気づいていた。ただ充電器を誰かに借りるのは億劫だったし、放っておいても糸を引く気になるほどコールは鳴らない気がした。いや、鳴ったかもしれないが、もし鳴らなかったら?そう思ったわけじゃないが、いや、そう思ったのか。
「津久居さん、昨日帰ったんじゃなかったんですか?」
 向かいのデスクから、昨日帰れなかった女子社員が声を掛けてきた。
「徹夜の私より疲れた顏をしているじゃないですか」
 昨日よりメイクのりの悪い顔をした彼女が苦笑いしている。携帯の充電器を手放さないこの同僚は、俺と違って充電を絶やさない携帯を先程からちらちらと何度も盗み見ていた。
「そっちこそ、早く帰れよ。もっとファンデーションがのらなくなるぞ」
「まあ酷い。じゃあ、お言葉に甘えてこれのチェックもお願いできますか」
「…おい」
「早く帰れとのお優しいお言葉をいただきましたので」
 机の山を原稿数枚分高くした彼女は大事そうに携帯を手にした。ちかちかとメール着信を知らせるランプが点滅し、画面を覗きこんではメイクのりの悪さも吹き飛ぶような笑顔を見せる。
「早く行け」
「メリー・クリスマス、津久居さん」
 弾んだ声。そわそわしている。誰もかれもが。石野の帰りを待つ花も、恋人からのメールを受け取った同僚も、多分、クリスマスカードを受け取った俺も、少し。
 歳を取っては霞んでいく関係を少しでも確認できる記念日にかこつけて。会いたい誰かがいる。誰もかれもが。



 全ての山を崩し終えて、漸く帰宅を許されたのはクリスマスイブを終えた朝。徹夜明けのぐらつく頭を抱えてバイクを走らせる気にはなれなかった、それに会社を出た俺を出迎えたのは雪を積もらせ白く染まった道だった。
「……積もったか」
 昨夜は所謂ホワイトクリスマスで、会社に残った面々は苦渋を噛みしめていた。俺はホワイトクリスマスを逃した事そのものに対して文句は無かったが、おかげでより一層バイクに乗る気分を削がれた事と、積雪にダイヤが大いに乱れて地元の駅に辿り着いたのが昼前という事実にはさすがに腹が立った。
 住宅街もクリスマス一色で、それぞれの家を飾る電飾が雪を呼び込んだのではないかと、わけのわからぬ文句まで思い浮かぶ程。悴む指先を丸めたポケットの中では、電源が切れたままの携帯が。充電出来ていたなら、カイロに変わりぐらいにはなっただろうかと考えながらアパートへの道を進むと、前方からはしゃぐ子供の声が聞こえてきた。
「すっげえ真っ白!」
「雪だるま作ろうぜ!」
 近所の子供だろう、分厚く積もった雪に目を輝かせている。大人は鼻先までコートの襟に沈めているというのに、元気なものだ。
「すごい!おっきい!倒れないの?大丈夫?」
「後ろの壁に支えられてるから大丈夫だろう」
「………」
「って、おい!変なもんつけんなって!これ雪だるまだぞ」
「津久居さん」
「え、この雪だるま賢太郎なの?」
「じゃあ立派なのつけなきゃ」
「だからやめろってさっちゃん!」
「じゃあ僕も」
「おい、槙原、どこに雪を盛ってるんだ!」
「白峰、そうじゃなくて。津久居さんが」
 はしゃぐ子供の声が、はしゃぐ大人と、大人未満の声に変わった。新雪を思うまま蹂躙した奴らの手によって、俺のアパートの壁に持たれ掛かる雪だるまが一体生み出されていた。それが俺の証だとでも言うのか、口には煙草らしき木の枝を咥えた雪だるま。
「あっ、津久居君おっかえり?!」
「おかえり。清史郎から預かった合鍵で勝手に入らせてもらったけど、肉が出来てるから許せよ。スペアリブだぜ」
「聞いてよ、賢太郎。昨日初めてのデートだったんだけどね!」
「津久居さん、船が出来たんです。貴方にクリスマスプレゼントに、と思って作っていたんです。夏から作り始めて、何とか間に合いました」
「徹夜明けの顔、セクシーだね。そのまま女子社員をお持ち帰りも出来たんじゃないの?賢太郎なら」
「おい、駄犬!携帯の電源ぐらい入れとけよ!」
 皆が口々に言葉を述べた後、最後の瞠の言葉にそうだそうだと頷いている。俺ははしゃぐ近所の子供がいつ見知ったやつらに変わったのかと驚き呆気にとられたまま。それを見てショックを受けたとでも勘違いしたのか「まあ、仕事だったならしょうがないけどな」と瞠が言った。
「仕事は終わったんですか、津久居さん」
「…ああ」
「じゃあ、タイミング良かったね。あ、でも今から寝ちゃう?」
「添い寝してあげる」
「和泉は黙ってろ。寝る前に食うだろ、賢太郎」
「じゃあ津久居君が一眠りしている間にお酒の買い出しに…」
「お前たち、何しに来たんだ?」
 素朴な俺の疑問に、奴らは顏を見合わせていた。もしかして、携帯はガンガンとコールされていたのだろうか。と、思うと急に昨夜少しばかりセンチメンタルな気持ちになった自分を恥ずかしく――
「……眞からメール貰った」
「賢太郎が拗ねてるって」
「俺達に会えなくて犬の尻尾垂らしてるって」
「俺の飯を恋しがってるって」
「しょぼけた津久居君を見られる絶好のチャンスだから」
「是非、津久居さんのアパートに遊びに行くといい、…と」
 熱が一気に頭に上り、それから冷めて血の気が引いて全身が鳥肌立って。この感覚をどう言い表せばいいか解らないけれど、言うべき言葉ははっきりとしている。
「あの…クソおかっぱ!!!」
 おやおや、といつもの台詞が聞こえた気がした。俺の反応は予想通りだったのだろう、槙原が大声を上げて笑った。
「いいじゃないですか、久しぶりに皆揃ったんだ。メリー・クリスマス、津久居さん」
 晃弘の落ち着いた声が、無理矢理に場を鎮めてしまう。まあまあ、いいじゃないかと、なあなあで纏まった空気の中で、俺は昨夜まで感じていた、ついさっきまで感じていたマイナスに傾いた気分がプラスに向かっていくのを知る。
 会いたい誰かに、会えた今日。

「賢太郎が起きたら、クリスマスパーティーするから!」

 Merry Christmas




図書室のネヴァジスタ!三周年おめでとうございます!ネヴァジスタをプレイして二年経ちましたが、愛、変わらずです。
津久居賢太郎に出会えた日々の幸せ!そして更に新生FOOLが楽しみでならない毎日で、毎回こうして新しい楽しみを頂けるネヴァクラスタでいれて本当に幸せです!
同じくらい、いや、更なる幸せがネヴァジスタの彼らと皆様とTARHS様に降り注ぎますように!ありがとうございます!


◆ イチカ
◆ @neva_ichica
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