どこもかしこも浮き足だった空気だ。よく冷えた戸外にも暖房で暖められた室内にも平等に、ひたひたに満ちる期待──そう、期待。
 期末考査が先ほど終わった。瞠はチャイムとともにシャーペンを置いて、うんと伸びをする。あくびがでた。出来のことはこの際忘れよう。もう授業はない。それだけで解放された気持ちになる。
「──といっても僕らは受験生なわけだけど」
「現実に引き戻すのやめてもらえないっスか……」
「そうだよ茅、空気読んで。もうすぐクリスマスだよ」
「イブにはテストが返ってくる。全く──とんだクリスマスプレゼントだ」
「去年よかましだろ。隠さなきゃいけない犬もいないんだし」
 そこで一同沈黙した。一年前の今頃はあまりに慌ただしくてクリスマスどころではなかった。瞠たちの住まう教員寮は市街の華やかさとも教会の厳粛さとも無縁で、日常の延長線で道を外れかけていた。そうして瀕死の吐息だけがひっそりと空気をふるわせているような、そんなだった。それに比べると今年のなんと穏やかなことか。受験という魔物が眼前に迫っているとはいえ、それは個人の悩みの範疇だ。晃弘の視線が痛い。はい、冬休みは返上で勉強します。しますけど。
「辛気くさいのはよそう。夜には──華やかなイベントが待ってるんだから」
 咲の言葉に勢いよく拳を作って頷いたのは春人で、彼はいつになく力強く「そうだよ!」ときらきらした目で遠くを見つめた。「西園寺女学院とのダンパをとりつけるなんて生徒会もたまには役に立つ!」たまには? と首を傾げたのはもうその生徒会からは身を引いている晃弘だ。
「クリスマス目前にダンパなんて、もうこれは彼女ができるに違いな──」
「ハルたん、創立祭で彼女できてなかったっけ……」
「瞠、やめてあげて。クリスマス前だというのに先週末にドタキャンされた挙げ句メールですげなく振られた春人の心の傷をえぐるのはやめてあげて」
「和泉えげつねえ……俺でもそこまで酷いことは言えないぞ……」
 咲の言葉よりむしろ煉慈の憐れみの籠もった視線の方が春人は堪えたというように顔をしかめた。が、彼は頬をぴしゃりとひとつ叩く。どうやら過去のことより目前に迫った希望を重視したようだ。ポジティブ。
 ──生徒会が他校との交流会という名目で学校規模のダンスパーティーの約束を取り付けたのは創立祭が終わってからのことだっただろうか。英国の風習を取り入れてなんたらかんたらとか大層な名目がついてたはずだが、学生たちにとって重要なのは建前ではなく本質。学校のお墨付きで異性と合法的に交流ができるということだった。あと英国の風習っていうか多分ハリーポッター読んだ誰かの発案だと思う。
 突然ねじこまれた行事に段取りが巧くいかず揉めたようだったが、瞠たち一般学生にはあまり関係ないことだ。晃弘は時折後輩に泣きつかれていたようだが、詳しくは知らない。どうやら清史郎が一枚噛んでるという噂も──いや、ここは下手につつくとまずかろうということで皆見ない振りをしている。繰り返すが、瞠たちは受験生だ。明らかに蛇が出るとわかっていて藪をつつくような真似をするのは得策ではない。
 三年生は自由参加となっていたことだし、まあ無理して行かずともいいかなあと瞠なんかは思っていたが、春人は違った。「ドレスアップした女の子と出会えるなんてそうはないよ!? 行かないでどうするの!?」確かこの時はまだ彼女がいたのではないかとは突っ込まない方がいいものだろうか。そんなわけで──煉慈や晃弘や咲も春人に流され──揃ってみんな出席に丸をつけたのだった。
 会場は味気ないことに体育館だ。とはいえテスト明けにすぐの時間に開催されるわけでもなく、まだ相当に余裕があったので一旦教員寮の方に戻ることにした。何かと準備もあったし。
「茅サンそれ何?」
 リビングのソファで紙束を眺める晃弘を後ろから覗き込んだ。晃弘は視線も返さず紙をめくり続ける。
「今日のパーティーの要綱。先月だったかにどこかまずいところがないか見てくれないかと言われていたのでね」
「当日に確認しても遅くないッスか……?」
「中々時間が取れなかったからね。まあボランティアなんだし、少しくらい遅くても許されるだろう」
「そうかなあ……」
 本当にちゃんと目を通しているのかどうなのか、晃弘は尋常じゃない速さで読み進めていく。けれども、顔をしかめることなく淡々とこなしているので特に問題がないと判断してるのかもしれなかった。瞠にはわからない。頭の出来が違いすぎる。
「和泉、つまみぐいすんなって……!」
「煉慈のがあまりにおいしそうすぎて」
「わざとらしく主語を省くな……!」
 台所の方では煉慈が咲の奇襲にあっているようだった。今日のイベントでは食事は出されるはずだったが、煉慈は何を作っているのだろう。瞠は晃弘の傍を離れふらふらとそちらへ赴いた。なにやらボウルを高くに掲げて触らせまいとする煉慈と、ターゲットをボウルから人間に変えその脇腹を狙う咲の姿があった。
「さっちゃん、レンレンに攻撃したら多分ひっくりかえるぜ……?」
「瞠援護して。おいしいものを独り占めするのは──この上ない暴挙だと」
「まだ作ってる途中だろ……! 焼く前の生地食うな腹壊すぞ!」
「何作ってんの?」
「パンケーキ」
 これまたかわいらしい。話を聞くと春人からのリクエストだったそうだ。最近流行りだという。もしかして今日のイベントの前に女の子との話題づくりとして食べておきたかったのかもしれない。どうして作家先生が春人の頼みを聞き入れてお菓子作りをしているのかは判明しなかった。
「寛子も最近ハマってるって言ってた。ゆっこと花と女子会してるって」
「そんなんじゃねえよ!」
「まだ何も言ってないのに……」
 ところで発端の春人はどうしたのだろう。リビングに姿はなかった。煉慈はわかりやすく機嫌を損ねた。せっかく作ってやってるのだから期待して正座で待っているのが筋だろうとでも思ってるに違いない。
「煉慈がおいしくパンケーキを作れたら、きっと寛子は目を輝かせるだろうね」
「だからそんなんじゃ……」
 咲の言葉に煉慈は眉根を下げた。恋心というのは複雑なものだ。しっかり水を撒いてその火を消したはずだっただろうに、濡れた木材の下で燻る火種は意外としぶとい。瞠は苦笑して台所を後にした。この話題は彼らだけのものだ。
 ソファでは相も変わらず晃弘がひとり要綱に目を通している。先ほどはふつうに座っていたのがいつの間にか身体を横に投げ出していた。あまりだらしない姿を人に見せない晃弘だったが、ずいぶんとくつろいでいるようだ。テスト終わり、イベントの前、そして冬休みの始まりももうすぐ。かの人も気がゆるむということなのかもしれない。
「──ねえ、清史郎いる?」
 瞠がぼんやりとそんなことを考えていると、扉が開かれた。春人だ。彼はぐるりとあたりを見回し、顔をしかめる。なんだかいやな予感がした。
「いや、まだ戻ってきてないけど、2年は準備にかり出されてるんじゃないっけ」
「それがいないみたいで……」
 あまり話の続きを聞きたくない。しかし耳をふさいだところで現実はねじ曲がってはくれないのだ。春人はいいよどむように唇を噛み、瞼を少し伏せた。
「なんか……郵便受けに手紙が入ってて……」
「そろそろ手紙禁止令が必要だな」
「切手も値上がりするしね」
 不穏な様子を察知したのか台所から煉慈と咲も顔を出した。春人は二人の軽口を無視して手紙を取り出す。封は切られていない。開けたら? と促したのは晃弘。春人は誰かに渡そうかと逡巡して、結局自分で開いた。一枚の便箋を広げ、大きなため息をつくと、みんなに見えるようにそれを裏返して掲げた。そんなことをしたって手紙の中身など読めやしない──ということもなかった。便箋には大きく筆ペンで縦書きにひとこと。
「サンタクロースに俺はなる」
 海賊王じゃねえんだぞ。

◇ ◆ ◇

 手紙の意図について五人はあれこれ話し合ったがなにせこの一言だ。なにをどうしたって深読みになる以外ほかはなく、時計の針がイベントの30分前を知らせる頃に全員が無駄な時間を過ごしたことに後悔をしていた。夕刻18時半。清史郎の姿はいまだ見えず、仕方なく僕たちは寮をでて体育館へと移動した。見送りの槙原先生は少し寂しそうだった。今夜のイベントは教師の監督の元にあるが、その役割は彼には与えられなかったらしい。槙原先生の評判が職員室で回復するにはまだ時間がかかりそうだ。いや、回復もなにも最初か評判は悪かったのだっけ。頑張っていただきたい。僕らの自慢の先生なのだから。
「意外だな、もっと寒いかと思っていた」
 それなりに見栄えのするように飾り付けられた体育館をぐるり見渡しながら辻村が言った。
「そのあたりはちゃんと対策したようだよ。他校の生徒も招くわけだしね──風邪でも引かれるような落ち度を作るわけにはいかない」
 参加者は全校生徒の──6割と言ったところだろうか。僕も視線をちらちらとあちこちへとさまよわせる。後輩にチェックを頼まれていた要綱は清史郎の手紙により結局中途にしか読めずじまいだったが、なかなかどうしてきちんと仕上がっているように見受けられた。特に危惧することもなさそうだな。
「しかしあいつらは元気だな……」
 会場について早々女の子に声をかけようと白峰が久保谷をつれて輪を離れた。どうして連れに選んだのが僕ではなく久保谷だったのか、あとで白峰に聞いてみよう。和泉は早速のスタンドプレーだ。人の波をするりと泳いでさまよう黒猫。
「君は? 君も踊ってくるといい。先ほどから──女性の視線を感じるようだけど」
「社交ダンスなんて踊れやしねえよ」
「どうして? 習っただろう」
「柄じゃない。そういうおまえはどうなんだ」
「僕は白峰がいいな」
 男同士で何を踊るんだよ……と辻村は嘆息した。あくびもひとつ。テストと締め切りがかぶっていたんだと彼は言った。作家業というのは大変そうだ。
「清史郎はどうしているんだろう」
「さあな、サンタになるってまさかフィンランドくんだりまで行ったわけでもないだろう」
「サンタクロース協会があるのはデンマークかな。公認サンタクロースになるには清史郎は条件を満たしてないはずだけれど」
「そうなのか? サンタといえばフィンランドじゃないのか……」
 辻村は意外そうに目を丸くした。妙に素直な態度に僕は戸惑う。前はもっと何事にもつっかかってきたような気がしていたが。そう告げると今度は口をへの字にした。辻村は結構感情表現が豊かだ。和泉や久保谷がたまに彼をかわいいと評するのもきっとそういうところを言っているのだろう。
「今朝は普通に寮にいたし、テストが終わってから海外へ向かうというのは現実的ではないね」
「もったいつけてねえで出てくりゃいいのに」
 僕らは結局そんなことをずっと話していて、女の子と踊るだとかそういうことはしなかった。どうなんだろう? いずれ出ることになるかもしれない社交界の練習として僕はここでもっと積極的に異性と交流すべきだったのだろうか? けれどそれをするには遅すぎた──深刻な問題が起きたわけではない。ただ肩をつかまれただけだ。
「かーやー」
 化けて出そうな声。ぞわぞわと首をはいあがってくるそれにびくっとなって振り返る。斉木だった。
「なんだ君か」
「君か、じゃないわアホ。おまえケータイ見てへんやろ、俺が何度電話したことか……」
 さめざめと恨み言を繰り出す斉木を無視して僕は携帯電話を取り出す。確かに不在着信が彼の名前で埋まっていた。あまりうれしくはない。斉木はなおもくどくどと僕の悪口を言ったが、まともに取り合うのはやめた。目に瞼があるように耳にも何か蓋ができる機能があればよかったのにと僕は思う。
「……というわけで! 辻村、ちょおこいつ借りてくわ。ほなよろしくなー」
 僕が携帯電話を見ている間に腕を斉木にとられていた。その距離の詰め方を許すほど僕らは親しかっただろうか? 不本意さを伝えようとしたが斉木は僕の要望を無視した。そのままずるずると引きずられていく。辻村も「お、おう」と流れに任せてしまった。何があったか斉木に問いただそうとして──やめた。要綱を最後まで読まなかったのがよくなかったんだな──と僕はため息をつく。

◇ ◆ ◇

 茅が生徒会に拉致されていくのを眺めながら俺はため息をついた。さてどうしよう──そもそもこういった催し物に興味はないのだ。あいつらがみんな行くというから、それならば一人(槙原が残っているから二人か?)幽霊棟で過ごすのもどうだろうと思ってついてきただけだ。あいつらが羽目を外さないよう、フォローする役回りが必要だろう?
 ゆったりとかかる音楽、華やかな女、くるりくるり、ダンスなんか本当に踊るやついるんだな──そんな至極当たり前のことを思う。輪に加わりたいとは思わない。しかし話し相手を失ったことで急速に興味も薄れてきた。清史郎でも探そうか……。
「辻村、一人? 茅は?」
 そんな折りに戻ってきたのは白峰だ。久保谷はいなかった。白峰はいつもより心なしかいきいきとして見えて、いらっとした。女の前だとすぐこうだ。
「斉木に拉致られていった。それより、どうした? もう振られたのか」
「なんでそういうこと言うかな……ちゃんと踊って番号も交換してきました! 茅も辻村も二人は俺が連れて来ちゃったようなもんだから、どうしてるか気になったんだよ。瞠も相手の女の子に気に入られちゃったのか離してもらえなさそうだったし」
 ちらりと彼が視線をやった先でステップを踏む久保谷の姿があった。久保谷の言葉に演技にいろいろ翻弄されてきた俺だってわかるぞ、あれは苦笑している。おおかた調子よく女に合わせて気分良くさせた結果だろう。今は男子校だからいいが、いつかあいつ女絡みで問題起こすぞ。
「いいのか、おまえは戻らなくて」
「うーん、おなかすいたからなんか食べてからにする。辻村食べた?」
 食べてなかった。俺たちは軽食のコーナーまで移動する。テーブルに並んだ料理はどれもきらきらとしていて装飾品のようだった。白いテーブルクロス、銀の盆に色鮮やかな野菜、肉、ソース、ドルチェ。白峰が目を輝かせる。「こういう料理久しぶりだなー」なんだか面白くない。グラタン、サラダ、ローストビーフ、パスタ、スープ、サンドイッチ、エトセトラ。俺のレシピに洋食のバリエーションは少ない。作れないわけではないが、基本は和食だ。素材だって、こんな大量生産される安いパーティメニューよりずっと凝っている。だが、白峰はうまそうにあれこれ口に運んでいた。面白くない。パンケーキだって焼いてやったというのに。
「なんか楽しくなさそうな顔してるね」
「別に」
「あ、これおいしい。辻村食べた?」
「食べてない」
 自然と拗ねたような口ぶりになってしまった。白峰はそれに気づかなかったのか、おいしいから食べなよと勝手に俺の皿に料理を載せる。仕方ないから一口運んだ。……まあ悪くはないな。
「はーこういうのってあれもこれも食べたくなっちゃうけどあっという間にお腹いっぱいになるなー。味付けが濃いからかな? そんで、絶対あとでお腹すくんだよね。ねえ、パンケーキってまだ残ってたっけ」
 話の矛先がくるりと反転した。清史郎の手紙によっていったんは中断されたパンケーキ作りは、その後話し合いを続行しながら再開された。白峰がどうしても食べたいからと言ったからだ。慌ただしかったが、評判は上々だったので俺は満足した。
「出かけにばたばたしてたからな、多分あと三枚くらい生地は残ってる」
「じゃあ帰ったらまた焼いてよ、メープルシロップとバターとで、先生にもあげなきゃ。あと清史郎もかな。どこにいるかわかんないけど」
 清史郎なあ……フィンランドでもデンマークでもないだろうし、そう遠くへは行ってないだろうが。会場に入る前にも清史郎のクラスメイトとやらに呼び止められて所在を尋ねられたから、そちらにもやはり顔は出してないらしい。
「あ、辻村電話鳴ってる」
 場違いな着信音に俺は慌てた。マナーモードがいつの間にか解除されていたらしい。表示されている名前は──辻村吾郎。
「吾朗さん? 仕事? 大変だねえ」
 白峰は俺の手元を覗き込んで言った。俺は嘆息してから電話に出る。原稿はちゃんと間に合わせたはずなのだが──何か不備があったのだろうか。不安になった。白峰に無理矢理皿を押しつけて、うるさい音楽から逃れるように会場を後にし、担当である叔父の話を聞きにいく。

◇ ◆ ◇

 給仕を引き留めて、辻村が押しつけていった皿を渡す。なんだって辻村はすぐに俺にその役目をさせるのだろう? 自分で直接やればいいのに。まあいい。料理はおいしいし、女の子はかわいい。クリスマスを目前にして運気が上向いてきた気がする。先週末別れたことはこの際置いておいて。
「一人になったしまた誰かに声をかけようかな……」
 先ほど踊った子と携帯番号は交換したが、まだ一人に絞る段階じゃない。俺は時間を持てあましてそうな子を探す……と袖を引っ張られた。多分俺よりもっと女の子と会話とダンスをしたであろう和泉がそこにいた。無言でピースサインを作る和泉に俺も同じように返す。和泉がふ、と顔をほころばせた。花が咲くみたいに辺りがぱあっと明るくなった気がした。きれいな顔というものは得だ。
「春人、首尾は」
「そこそこ。和泉の方こそすごいんじゃないの?」
「別に。──楽しくないわけじゃない。けどよくわからない。一気にたくさん誘われても僕の身体はひとつしかないし、ずっと代わる代わる踊るのも疲れた」
 まったくモテない男子たちが聞いたら青筋を立てそうだ。けれど和泉はつんとすましてそんなもの聞き流すだろう。
「……ごはん食べる?」
「食べる」
 色気より食い気。俺はもうおなかいっぱいになってた方だけど──和泉が食べてるのを見たらなんだかもうちょっと食べたくなってきた。だって仕方ない、俺たちは男子高校生だ。成長期だ。俺は和泉の戦果の話をたくさん聞いた。けれどどこまでいっても和泉は乾いていた。俺は創立祭のことを思い出す。彼の姉──美しい姉と彼自身の関係について思索を巡らせた。きっと和泉の乾きはまだ彼女でしか潤せないのだ。もちろん、だからといってそれをおおっぴらに欲しがるような真似はしない。彼の矜持が決してそれを許さないだろう。飢えは、乾きは、まるごと和泉のものとして存在していて、彼はまだしばらくそれをそのままにしておくのだろう。いつかその砂漠をオアシスに変えるような魔法を使える異性と巡り会えるかもしれない、けれど多分きっとここにはいない。
「春人は、前の彼女のこと好きだった?」
「そりゃ好きだからつきあってたんだよ」
「今日は? 好きな子はできた?」
「うーん……気になる子はいる」
「そう」
 和泉は憂いを含んだ目尻をそっと伏せながら言った。それだけなら眉目秀麗なのだけれど、あいにく彼はしゃべる合間に片っ端から口に食べ物を詰めている。美しいかんばせと感傷的な言葉とともに驚異的な速度で咀嚼し腹に納めていく様はひどくちぐはぐだった。けれどこれが和泉だって俺たちは知っている。
「僕にもそういう人がいればいいのに」
「焦る必要はないんじゃない」
「春人みたいにもっと軽薄に恋ができればいいのに」
「待って今俺ひどいこと言われなかった?」
 和泉はそれに答えを寄越さない。そりゃあ……別れて一週間で今だけど……振られる時の決まり文句が「本当に私のこと好きなの?」だけど……。別に軽いわけじゃないんだけどなあ、つきあってるときはちゃんとその子に対して誠実なんだし!
「僕も──煉慈も先生も、未練がましいから、ちょっと八つ当たりした」
 辻村も先生もは巻き込まれ事故だ。うーん、異性に対してさばけているのは賢太郎くらいか。瞠はどうだろう、実体験が出てこないだけで和泉側かもしれない。茅のことはこの際おいておく。
「ところで春人、伝言があってきたんだ」
「あれ、そうだったの」
「言うの忘れてた。斉木が春人のこと探してて、見つけたら倉庫の方にきてほしいって」
 斉木が? 斉木とは演劇部でのつきあい程度だ。とはいえ幽霊棟外の友人では一番親しいかもしれない。──が、この場合用件は演劇のことでもあるまい。きっと茅のことだ。俺は和泉に礼を告げて、その場を後にする。体育館倉庫は確か今日の準備のための指揮本部としえ使われているはずだ。とはいえ、体育館側からは封鎖してあるので、一旦外に出て回らなければならない。寒いし、暗いし、嫌だなあ。

◇ ◆ ◇

 春人が体育館倉庫へ行ってしまったので僕は一人になった。こんなにたくさん人がいるのに一人きりだなんて耐えがたい。僕はそろそろと歩き出す。みんながバラバラでつまらなかった。晃弘も煉慈も見あたらない。二人とも目立つ外見なのに、これだけたくさん人がいたら埋没してしまうものなのだろうか。なんだかそれは寂しいことのような気がした。
 僕はここになにをしにきたのだっけ? おいしいごはん、かわいい女の子、そんなもののため? なるほど女の子に声をかけられるのは楽しい。僕を好いてると訴える目元はとろけていてかわいらしい。けれどだめだ。足りない。僕のほしいものはそれじゃない。それでは勝てない。
 創立祭は引き分けに終わった。僕は元カノと世界で一番憎らしい男に膝を屈することはなかったけど、彼らより優位に立つこともなかった。いずれまた次の戦いがある。僕を武装するもの、僕を守るもの、僕の武器になるもの、僕ととも戦うもの、それはなんだろう?
 歩くだけで視線が髪に絡まり、誘導される。声が手を引き、視線が僕の身体を抱く。僕はその積極性に敬意を表して少女をフロアの中央へと引っ張り出す。くるりくるり。異性とするスポーツでダンスはそんな好きな部類に入らない。身長差がじゃまをするからだ。セックスならそんなの関係ないのに。僕はなおも踊り続けた。あの子この子きれいかわいい年上年下。誰かれかまわず求められるがままに僕は自分を与え相手をもらった。
「こーら、さっちゃん」
 幾度めかのダンスが終わったあとにぐいと肩を引っ張った手があった。振り向く前にその手は僕の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「享楽的すぎ」
 瞠だった。彼はぐい、と僕の頭を自分の胸に寄せるようにして抱き込んだ。耳朶に低く語りかけられる言葉は非難が一匙混ざっている。お説教はごめんだ。
「安売りしちゃだめよさっちゃん、おまえはもっといい男だ」
「なにそれ、馬鹿みたい」
 二言目には棘は含まれていなかった。瞠の心配は、押しつけがましくて、遠慮がなくて、その癖ウェットで、好きじゃない。けれど僕の兄だったかもしれないと思うと、その距離の近さも許せる気がする。たまには。毎日はいやだな、やっぱり。
「ハルたんくらい割り切っていけるならともかくお前はまだいーんじゃない? そういうの」
 彼も僕と同じ感想を抱いていたようだ。こと恋愛に関して春人だけがどうしてこんなにドライなのか。
「瞠こそ、あちこちで踊ってたくせに」
「俺の話はいいよ……」
「よくないよ。どうせ頼まれたら断れなかったんでしょ。勇一郎の時だってそうだった」
「その話はやめようぜ!? ちゃんと終わりましたし!?」
 いつになく焦った瞠が声をひっくり返して言ったので僕は気分がよくなった。そう、晃弘や春人じゃなくて僕の前でだって困った顔を見せてほしい。余裕ぶった態度じゃなくてさ。
「どこまでいったの、勇一郎とは」
「だーかーらー!」
 僕を抱き込んでいた瞠の手のひらが、僕の口をおさえつけようと動く。そんなのなんの解決にもならないのに。
「瞠くん、さっちゃんをいじめないよ」
 そこに救いの声。瞠の手はぱっと離れ、密着していた身体もまた遠のく。救いの声ではあったが救いの主とは決していえそうにない人間の姿がそこにはあった。
「なっんでお前がいるんだよ誠二……」
 学生主体のダンパに明らかに学生でない姿。ついでにもう一人いた。とびっきりの美女だが、やはり学生には見えない。
「花、どうしたの」
 青いイブニングドレスがこれ以上ないくらいに似合っていた。似合っていたけれど、どうして彼女がここにいるのかわからない。花はその大きな目をぱちぱちと瞬かせて眉をつりあげたかと思うとしゅんとうなだれた。僕には彼女の心の変遷がよくわかる。怒りとやるせなさが同時に訪れてぐるぐる混ざり合わないまま自分でも持て余しているのだ。
「眞と喧嘩したから神波くんと浮気しようと思ったんだけど……」
「すごい迷惑なんだけど」
「そうしたらパーティーやってるっていうからつれてきてもらった」
 イブニングドレスで浮気しにきたのだろうか。花もアグレッシブだ。そして浮気先に選ばれた誠二が困り果てて学校までにつれてくるのが、なんともいえない。
「君の身内でしょ、どうにかして」
「石野に返せよそこは。さっちゃんのところにつれてきてどうする」
 瞠が至極まっとうなことを言った。僕もそう思う。誠二もふてくされたように肩をすくめた。僕らの前で繕うことをやめた副牧師は時々ひどく子どもっぽい。
「俺は別件の用事があってここに来たの。彼女はついてきただけで、俺が連れてきたわけじゃないよ。返したいなら君たちが行ってきて」
「ねー返すとか返さないとか花のこと? 物じゃないんだけど失礼じゃない?」
 花もまっとうなことを言った。僕は天井を仰ぐ。どうしたらいいかわからなかったからだ。

◇ ◆ ◇

 誠二と和泉花の襲来に俺もさっちゃんもまともな判断力を奪われたけれど、いつまでもそうしているわけにはいかない。ほとんど存在感がないとはいえ教師はちゃんとこの場を見張っているはずだ。部外者が紛れ込んでるといろいろまずい。誠二は学校に縁深いしなにやら用事があって来たようだったからいいが、和泉花はさすがに目を引きすぎる。おそろしく美人だとはいえ、どう見ても高校生には見えない。
 結局さっちゃんが彼女の手を引いて幽霊棟につれていくことにした。一緒に行こうかと申し出たけれど、さっちゃんは首を横に振った。そして誠二を指さして「見張ってて。悪巧みできないように」と一言。指さされた当人はものすごく嫌そうな顔をした。「君たちにかまけるために来たわけじゃないんだけど」けれど花をここに先導したのも誠二だったのだ。信用がないというのはこういときに困る。なぁ?
 しかし、さっちゃんたちが去ったあとやっぱりついていけばよかったと思った。何か用事があってきたのだからさっさと行けばいいものの誠二は俺の隣で沈黙を続けている。明るい照明、陽気な音楽、華やかな学生たち、の中にぽつんと落ちた一点の染み。それが俺たちだった。
「用事あるんじゃねえの、行けよ」
「人待ちなんだよ。呼び出した当人から連絡がないと」
「あっそう……」
 果たしてこれは誰の企みなのか。偶然のいたずらなのか。染みが徐々に周りを浸食し始める。顔を見ることができなかった。多分誠二もそうだろう。俺たちは、体育館の壁に二人もたれかかり、場ににつかわしくない空気を量産し続けた。
 マッキーは、盛んにこの副牧師と俺の仲を取り持とうとする。もしかしてここにこいつを派遣したのはマッキーの仕業なんじゃないか? ……だったら言うこと聞かないだろうなあ誠二は。猫をかぶるのをやめた誠二はマッキーに対してもすこぶる態度が悪い。しかし明らかに築かれたその険悪な壁もマッキーにはどうということはないらしい。ちょくちょく牧師舎に行っては飲んでいるという話だ。奇特なことだと思う。
 そう、彼が稀有なのだ。幽霊棟の友人たちは俺と誠二の間を積極的には取り持とうとはしない。そっちの方がよくわかる。和解など──そう簡単にできれば苦労はないのだ。そもそもこいつと友好な関係を築きたいのかもわからない。誠二と親しくすることは友人たちへの裏切りのような気がするし、自分の罪を間近で見ているような気持ちにもなる。決してすべてを否定するつもりではないのだけれど。
 ため息をついた。二人同時に。俺たちはまた気まずげに息を吸う。早く──こいつの待ち人が現れればいいのに。
 沈黙は鉛のように重く俺たちの間に沈殿していく。それを断ち割るように現れたのは意外な人物だった。茅っぺだ。遠目で俺たちを見つけるとまっすぐこっちに向かってきて、なぜだか無性に逃げ出したくなった。今でこそ茅っぺとはなんとか友人関係に落ち着けているけれど、俺は本来この人の前に立つ資格がないと思っている。
「久保谷、探したよ。──和泉を見なかった?」
「さっちゃんなら姉ちゃん連れて一旦幽霊棟戻ったよ。20分くらい前かな。すぐ戻ってくるにしてももうちょっとかかると思う。なんかあったんスか」
「いや、清史郎が……」
「あいつ見つかったの? どこにいたの?」
「うん……言っていいのかな……」
 茅っぺは妙に歯切れが悪かった。誰かに口止めされているのかもしれない。でもなぜ? 不安が胸中に押し寄せる。茅っぺの顔が妙に深刻そうに見えたせいもある。
「……じゃあ俺はそろそろ帰ろうかな」
「は? お前待ち人は」
 不意に誠二がそういったので俺はさらに不審を深める。誠二は「だってぜんぜん連絡がこないもの、担がれたかな」と。待てよ、この状況で出ていくとか妙に怪しいんじゃねえかお前──。
「いえ、せっかくですから神波さんもいらしてください。おそらく待ち人はあなたがここにいることで目的を果たしている」
「やめてよ……」
 意外なことに誠二を引き留めたのは茅っぺだった。誠二は面倒くさいという態度をまったく隠そうともせず、きびすを返そうとしたが、俺はおもわずその腕をつかんでいた。驚きを浮かべた瞳が居心地悪くて、俺は目をそらす。空気が和らいだ気がした。
「茅サンがせっかく言ってんだから」
 そして一瞬で冷えた。誠二の視線は針のように研ぎ澄まされている。
「さっきは帰れって言ったのに、茅っぺが言うなら引き留めるんだ、ふうん」
 拗ねんなよ。
「けど和泉がいないのは誤算だったな、どうしようかな……」
 話題の茅っぺは全然俺たちに頓着しておらず、大して困ってなさそうな声音でそんなことを言った。そのままふらりと俺たちのそばを少し離れて電話をかけはじめる。どうしたんだろう、清史郎になにかあったんだろうか。サンタクロースはどうなったんだろう。
 電話を終えた茅っぺが再び俺たちのそばに戻ってくる。
「とりあえず決行するみたいです」
「茅サンあのね、だいぶ主語が足りてないみたいだけど、なにが一体決行されんの……?」
 茅っぺはにこにこ笑ったまま、秘密だよと人差し指をたてた。うううん???
 さらに10分ほど、三人の会話は続いた。続いたっていうかキャッチボールは全然うまくいっていなくて、話は頻繁に池に落ちたり場外ホームランを決めていた。俺は頑張ってそれをミットに納めて投げ返した。落ちたものも遠くへいってしまったものも走って拾えばとりあえず格好はつくのだ。努力賞をください。
 そうしてさっちゃんも戻ってきた。幽霊棟までの距離を考えるとやや早かった気がするのだがそれを彼に問うと、さっちゃん自身も首を傾げていた。
「先生と賢太郎が花を迎えに来てたから途中で引き渡してきた」
「ていうか賢太郎来てんの!? 来るって言ってたっけ!?」
 思わず花を連れてきた誠二の方を仰いだが、彼も疲れた風に肩を落とすだけ。
「俺も知らないよ。君たちに秘密にして驚かせたかったんじゃないの? 俺も最初呼ばれて行ったけど、今あそこ大人のたまり場になってるよ。いいのかなあ、知らないけど」
 無責任だ。まあ、マッキーが許可してるならいいのだろう……。いいのか……?
「じゃあ、花も浮気するためだけにここまで来たんじゃなかったの。幽霊棟に集まってるうちに誠二と浮気することに決めたの」
「浮気浮気連呼しないでよ。そうだね相方の方も来てたよ」
「相方とか言わないで。なんか腹立つ」
「相方だと腹が立つものなのかい。どうして?」
「茅サン話がややこしくなるから……!」

◇ ◆ ◇

 ふ、と照明と音楽が消えた。ざわりと不安を含んだ声が辺りにたちこめ、俺たちの背を撫ぜる。
「──なに? 停電……?」
 その瞬間、体育館の扉が大きな音を立てて開く。暗闇に浮かぶシルエットは──数人の人影が何かに乗っている? そしてぱっと光が散った。館内の照明じゃない。扉のところにいる人間が点けた懐中電灯だ。
「本当はピンスポがほしかったけどないから自作なー」
 脳天来な声。聞き覚えのあるトーン。胸の前で上半身を照らすような構えを取る、その顔は、見間違うはずもない、清史郎その人だった。しかしこれではまるっきり怪談か肝試しだ。
「あいつ何やって……」
「ワオ、サンタだね」
「まあ様になってるんじゃないか一応」
 俺の呆れ声にかぶせるようにさっちゃんは淡々と言い、茅っぺは何事か納得したように頷いていた。ちなみに誠二は俺と同じように呆れた息をつき、沈黙している。清史郎と、その横にいるのは、ハルたんとレンレン。三人とも赤いサンタの衣装を着ている。これは驚嘆に値した。レンレンにこのコスプレを了承させるにはどういう手段を用いたのだろう──? 三人はなんだかじゃらじゃらと装飾品のついたリヤカーに乗っている。ソリはさすがに用意出来なかったのだろう。引いているのは多分斉木と生徒会の面々だ。トナカイのカチューシャをつけている。これもどうやって了承させたのだろう。
「昼間、要綱を読んでいただろう? 結局あれ読み終わらなかったんだけど、最後にこの事が書いてあったみたいで、さっきそこで斉木に知らされて僕も驚いた」
 ちっとも驚いていないような声で茅っぺは言う。ていうかどこから計画的犯行だったんだ。斉木までグルなのか。いや違う──生徒会に働きかけたのだ。だから言ったじゃん、藪をつつくと蛇が出るって……! つつかなくても勝手に出てきたけど……!
「清史郎は、どうやら体格的に僕と辻村にあの格好をさせたかったらしいけどね。絶対に嫌だったから白峰に代わってもらった」
 ハルたんは意外とノリノリっぽかった。マリアの格好は嫌がっていたけど創立祭にも衣装を着たまま女の子に声をかけていたから、女装じゃなければいけるのかもしれない。
「つかぬことをお聞きしますが茅サン」
「なんだい久保谷」
「レンレンも嫌がったんじゃない?」
「ああ──白峰が代わるのは自分でもいいじゃないかと言っていたね。でもほら今日はテストだっただろう」
「? うん」
「ここのところ辻村のテスト勉強にアドバイスを幾つかしていたからね、僕の貸しだ」
「晃弘が自分の頭脳を武器にし始めた」
 くだらない会話の応酬をしているうちにソリもといリヤカーは会場内を縫って進んでいた。ひらひらと手を振るサンタたち。芸能人の凱旋パレードか何かのようだ。やがてそれがフロアの真ん中までやってくるとストップした。
「メリークリスマース!」
 清史郎の言葉と共に照明と音楽が戻った。清史郎はリヤカーの縁に片足をかけ、肩にかついだ白い袋に手をつっこむとその中身を投げた。小さなラッピング袋が宙を舞い、一人の女の子の手にすとんと納まる。メリークリスマス! もう一度彼は大きな声で言った。続いてハルたんも。レンレンは言ってたのかどうかわかんなかった。多分恥ずかしがって小さい声で言ったと思う。
「ちっちゃいけどみんなもらってな! そーれっ」
 清史郎は再びプレゼントを投げた。今度は勢いよく遠くまでいく。ハルたんもレンレンも投げた。もっと穏便にやるもんじゃないのかな、プレゼントっていうのはさ? 思ったけどなんだか清史郎らしくて俺は苦笑した。
「清史郎は剛胆だな……」
「ていうかよくやれるよね、ああいうの。すごい」
 感心というか呆れというか。そういったものを綯い交ぜにしながら俺たちは顔を見合わせて笑った。俺たちはそういうことを本気でやれてしまう清史郎のことが好きだった。そういうやつだから俺たちはあいつを好きになった。
 遠巻きに見ていた人間たちもみんな同じ気持ちだったのだろう。くだらないと笑い飛ばしてやりたいのと、なんだか羨ましいのとが混ざって結局巻き込まれてしまう。気取った格好をして気取ったダンスをして、背伸びしてらしくない交流というのも悪いものじゃないけれど──全力でこどもっぽい真似をするのも楽しいものじゃない?
 いつの間にやら三人のサンタはリヤカーを降りて白い袋を引きずって直接プレゼントを配り始めた。のみならず、リヤカーに乗っていた手つかずの袋をとりだしてトナカイ役もそれに追従する。ハルたんはサンタの服装でも器用に格好をつけて女の子に囲まれていた。すごい。一方レンレンは知り合いの男子にからかわれて、頬を赤らめ声を荒らげていた。なんて対照的。
「おー瞠! 咲! 晃弘! あっ誠二もいた。あははマジで来てくれたの、ありがとー」
 どうやら誠二の待ち人というのは清史郎だったらしい。どうして素直に従ったのかは聞かなかったが、まあ何か弱みとか握られてんだろう。
「お前らには贔屓なー。大きいのやる」
「特別?」
「おー特別だぜ咲。咲のにはなーキリンの袋のをあげよう。背が伸びる願掛け」
「……」
「これ中身何? お菓子?」
「クッキー! なんかーこういうのしたいつったらープレゼントにお金かかるのも大変だろうしクッキー焼いてあげるって美代子がー」
「ミヨコだれだよ」
 友達だよ! と清史郎は悪びれず言った。相変わらず交遊関係が異様に広い奴だ。きっとミヨコも清史郎のこの子どもじみた企みを聞いて無性に手を貸したくなったのだろう。
「誠二もなー子どもだからお菓子あげるなー」
「いらないよ……ていうかこのために俺呼んだの? 本気で?」
「んー瞠に会いたいかと思って」
 誠二は閉口した。俺も閉口した。ちらりと視線が絡み合う。それだけで会話は終了して示し合わせたように二人してふい、と顔を背けた。それを見て清史郎はケラケラと笑う。仲良くしろよもー。だから、そんな簡単にできたら苦労はしない……。
「クリスマスなんだし、ちゃんと願い事してー」
「七夕と混ざってないかい清史郎」
「えーいーじゃんツリーに短冊つけててっぺんの星に向けて三回願い事を言おうよ、なんか御利益ありそうじゃん!」
「宗教の壁を越えるどころじゃなくなったね」
 いーのいーの! と清史郎はなおも笑った。大量のプレゼントを配り終えたらしいレンレンとハルたんもこっちへ向かってくる。清史郎は俺とさっちゃんの肩をぎゅうと抱いた。輪に入り損ねた茅っぺがそわっとしていた。
「サンタは夢を配るんだから! 俺がお前たちの願いを叶えたいの!」
 荒唐無稽だけどなんだかそれができそうだから清史郎だった。ハルたんが俺に飛びついてくる。どレンレンはふ、と皮肉げな笑みを浮かべて腕を組んだ。サンタの格好だからイマイチ決まらない。俺たちはそれを見て笑った。

 願いがどうか叶うなら──。
 今この時のまま、みんなでずっといたいなんて、言いたくて、言えなくて。──いいんだ、いつか終わるんでもいい。俺たちはあと半年もすればもうこの学校にはいない。みんなバラバラだ。わかってる。わかってるよ。
 それでもちゃんと今のことを俺は、覚えていられるから。
 それだけで。




図書室のネヴァジスタ3周年おめでとうございます!なんだかあっという間に月日が経っていてびっくりしています。三年目も、これからもずっとずっとネヴァが、瞠くんが、大好きです。


◆ トオル
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