三年、というのは難しいのだときいた。
 
「え、なになに。三年目の浮気、とかそういう話?」
「古いなぁ、マッキー」
 夕食後の時間、珍しく食堂で全員揃ってだらだらと話などしているらしい学生たちに、仕事を終えて戻ってきた槙原は耳に入った言葉だけを拾って話の輪に入った。
 苦笑する久保谷の横で、清史郎が今日出された課題をテーブルに広げたままおかえりーと明るく声を上げた。成程、ただ話をしていただけではなく清史郎の勉強を見てやっていたのかもしれない。
「そういえば、三の倍数の年は別れやすいって本当なのかな」
「え、そんなジンクスあるの?」
「噂だけど」
 槙原の言葉にのって、白峰が呟く。和泉が「この中に三年も続いた人いるの?」と涼しい顔で肩を竦めた。
「三年どころか一人ともちゃんとした交際してない奴が言うなよ……。――じゃなくて!レンレンがそういうこと言われたって話してたんだよ」
 場の空気が沈みそうなのを見て久保谷が殊更明るく声を張り上げる。名を出された煉慈は特に反応を見せることはない。
「言われた……って、三年目が難しいって? 誰に」
「担当」
「叔父さん」
「吾朗さん」
 一人の男を指し示す単語が数人から口々に飛び出てくる。ああ、と槙原が頷くと、茅が補足で説明した。
「デビューして一、二年は注目を浴びて当然だけれど、そこで結果を出さなければ三年目には忘れられる、というようなことを言われたそうです」
「もう少ししたら高校生作家の肩書も取れちゃうわけだしね」
 白峰が頬杖をついて煉慈に視線を送る。煉慈はふんと一度だけ鼻を鳴らしただけだった。
 最年少受賞作家も、大人になるということだ。
 槙原はそう説教(本人は説教のつもりではないかもしれない)する吾朗の姿が容易に想像できて、思わず笑ってしまった。煉慈は表情を変えない。
「書かなきゃ忘れられる。それだけの話だろ」
「……でも辻村君は結構定期的に作品書いてるよね。この前も雑誌に作品載ったんでしょ? 筆早い方なんじゃない?」
 少し前に南が熱く語っていたのを思い出す。あれだけ人の心を動かせるのだから、やはり大したものだと思う。
「別に早くはねぇよ。……まぁ、遅くもないけどな」
 そう告げる煉慈の表情と声音に少しばかり得意げなものが混じる。分かりやすいものだ。
「その割に、よく吾朗さんにせっつかれてるけど」
 白峰が笑いながら言えば、うるせぇよ、とそれでも気分を害した感じではなく煉慈が足を延ばして対面に座る白峰の足を蹴った。このぐらいのじゃれ合いなら微笑ましい。
 和泉はふぅん、と腕を組んで頷いた。
「なるほど、煉慈が忙しいのは吾朗さんの策略」
「策略ってほどのもんじゃないだろ。話題になってる内が華なのは事実だからな」
 そう言うと、煉慈は一旦言葉を切って、ぽつりと少しばかり真面目に呟いた。
「どんな物語もいつかは忘れられる」
 みんなが一瞬、その言葉に耳を傾けた。
「それでも、俺は読んだその一瞬だけでも、誰かの心に残れればそれでいい」
 気取った様子もない。それは作家の辻村煉慈の本心だ。
 穏やかな顔で口にする煉慈に、隣で和泉がにやりと口元を歪めて笑った。
「いうね」
「かっこいーじゃん煉慈!」
「さすが作家先生」
「……茶化すなよ」
 にやにやと笑われながらの台詞に、流石の煉慈も閉口する。
 槙原もなんだか嬉しくなってうんうんと頷いた。
「ねえ、辻村君。本は、形に残るでしょう。たとえ誰かが忘れてしまったとしても、形として残っていれば今度は違う誰かに読み継がれていくものだと思うよ」
 なぜなら、それは願いだからだ。
 書き記しておきたい、残しておきたい、誰かに読んでもらいたい、という。
「――図書室に眠る、無数のネヴァジスタのようにさ」
 時を越えて、何かを齎すものもある。
「少なくとも」
 茅が眼鏡を押し上げた。
「僕たちは辻村煉慈という作家を忘れないし、三年経っても別れたりしないだろう」
「あ、話そこに戻るんだ」
 久保谷は言ってから「いや、別にいいんすけどね」と慌てて手を振った。和泉も口元に笑みを浮かべたまま、目を伏せて茅の言葉にそうだねと頷く。
「高校生活の三年間が終わっても、僕たちはお別れするわけじゃない」
 例え卒業後、離れ離れになったとしてもだ。最初こそ寂しい気もしていたものだが、その時が近づくに連れ、その思いは強くなっていった。
 一緒に過ごした時が、友達だという事実が、変わるわけでもない。
「えー、なんかずるくね? 俺は?」
「清史郎はまだ卒業じゃないし、そもそも三年一緒に過ごしてないじゃん」
「いなかった時期があるからね」
「そんな厳密に計算しなくてもいいじゃん!」
 ぶーぶーと清史郎が口を尖らせてテーブルを叩く。ほらほら拗ねない拗ねない、と久保谷が宥めにかかる。
「俺とは三年以上一緒だったじゃん。な?」
「……そっか。そうだよな。瞠とは誠二の次に俺が一番付き合い長いんだもんな!」
「そうそう、誠二なんてランク外だからもう清ちゃんが一番だよ」
 機嫌を直した清史郎に付き合い、久保谷は笑って頷く。少しばかり、笑顔が強張ったような気もするが。
「……なんか青春だなぁ。僕も今度南と大学時代の思い出話でもしよっかな」
「駄目だよ。先生も僕たちとみっちり三年過ごすんだから」
 和泉は悪戯っぽく笑うと槙原の隣りに回りこみ、その腕を絡めとった。槙原は寄り添うぬくもりに笑いながらも、少し寂しそうに「みんな僕の手から巣立っちゃうくせに」と呟いた。
「そしたら今度は教え子じゃなくて友人だな」
 煉慈がすかさずそう答え、皆もそれに同意して頷く。「ええ?」と声を上げながら、槙原も嬉しくなって口元が緩んだ。
「じゃあさ、賢太郎も呼んで今度みんなでパーティでもしようよ」
 白峰が手を合わせて提案した。
「なんの?」
「なんでもいいよ、名目なんて、なくてもいいじゃない」
 ただ集まって、話して、笑って、それだけでいい。そう言えば、みんなも笑って賛成した。誰からともなく、言葉が漏れる。
「もっともっと、みんなですごそう」
 これから先、何年経っても。いくらでも。
 三年でも、六年でも九年でも、三十年でも。
 
 僕たちは、笑顔の思い出を沢山作っていく。




ネヴァジスタ3周年おめでとうございます!発売からもう3年も経ったのかと思うと月日の流れの早さに愕然とします…。まだまだネヴァジスタに愛を注いでいく所存です!ネヴァジスタよ永遠なれ!


◆ 甲斐義経
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