「槙原先生」

僕がここでそうやって呼ばれるようになってもう三年が経とうとしている。
赴任直後は色々な事があった。他の教師陣からは疎まれたし、赴任初日から呪いのグッズが机に置かれていたし。散々だった。
今でも周りの教師陣から冷たい扱いをされる事もある。気にならない訳じゃないけれど、いちいち気にもしてられない。
僕が赴任してきて出会った5人の生徒。
彼らもそれぞれの夢に向かって巣立っていった。
全てが明るみになった時は色々ざわついたりもしたけれど、みんなが三年になって御影君も帰って来て、ぎくしゃくしながらもそれぞれの関係を修復していくのを僕は見届けた。


「槙原先生」

背後から声が掛けられた。
立ち止まり振り返る。
最近は日が落ちるのが早い。薄暗い中からこちらに向かってくる人影を、目を細めて確認した。僕を呼び止めたのは落合さんだった。
教員寮に帰ろうとしていたのを見つけて追いかけてきてくれたみたいだ。
こちらに小走りでかけてくる。その手には何かが握られていた。
「こんばんは落合さん」
「こんばんは。こちら届いてましたので」
差し出されたのは僕宛の郵便だった。
いくつかのDMと共に隠れる様に混じった女の子が好むような可愛らしいピンク色の封筒。
「誰からだろう?」
ありがとうございますと口にしながら郵便を受け取って確認する。宛名には確かに僕の名前。
そこに記載されていた名前は“久保谷瞠”
「久保谷君?」
「それでは」
用事を済ませた落合さんはキャップのつばを下げる様に一礼し、くるりと踵を返し去って行った。
足早に去って行ったから、まだ仕事が残っていたのかもしれない。


「ただいま」

「おかえりなさい」と言う声はない。扉を開けても明かりはついていない。当然だ。
今、寮に住んでるのは僕一人だから。
復学して辻村君に二年坊と弄られていた御影君も春に卒業していった。
皆がいた痕跡が色濃く残るここに一人で居るのが寂しくないと言えば嘘になる。
老朽化を理由に取り壊しを検討されたりもあるけれど、無理を言って一人で住まわせてもらっている。
彼らが卒業した時に交わした約束。

“大人になったら幽霊棟でみんなでお祝いしよう”

“大人”というのが、成人を差しているのか、それとも比喩なのか僕は尋ねなかった。
だから、そのお祝いがいつになるのかも分からない。でもそれでいいと思う
僕はいつ果たされるのか分からない約束を楽しみに幽霊棟で過ごしている。


照明をつけて暖房を入れる。
薬缶を火にかける。
外はあっという間に暗くなってしまった。
ここは住宅街の様に街灯があるわけじゃないから、日が落ちるとより人恋しさが増してしまう。
赴任してくるまでに一人暮らしもしていたけれど、壁越しに漏れてくる生活音があった。見知らぬ誰かの気配にイラつく事もあったかもしれない。でも寂しいと感じたことはなかったと思う。
気を紛らわすかのようにTVを付けてバラエティー番組に切り替える。
画面の向こうでは最近流行りの芸人が持ちネタを披露して笑いをとっていた。

部屋が暖まると共に薬缶がシューシューと主張し始めた。
朝使ったまま流しに放置してしまった自分のマグを洗ってコーヒーを淹れる。
コーヒーメーカーもあるのに、僕一人になった途端ドリップタイプかインスタントばかりになった。辻村君が聞いたら呆れるだろう。
とりあえずでテーブルに置いた郵便物の中からピンクの可愛らしい封筒を抜き出す。

皆が卒業してから、いつでも連絡を取れるようにと携帯の番号やアドレスを教え合った。

和泉君なんかはよく画像付きでメールをくれる。
獣医になりたいと進んだ大学に美人が沢山いるんだと送られてきたから、医大生って美人な子が多いのかと期待して開いた画像には黒猫が映っていた。
和泉君みたく瞳の大きな艶やかな毛並みの美人だった。期待して損したと返信したら、人間の女の子だとは一言も書かなかったよ。美人だったでしょ?と帰ってきて、あの子らしいなと思った。
辻村君も偶に連絡をくれる。最近あった事だったり、家族への愚痴だったり。お父さんとの関係も少しずつ良くなってるみたいだ。最近は作品に煮詰まると南に匿ってもらってるみたいだ。
確認したことはないけれど、公式ブログで出てくるMさんは多分南の事だと思う。
白峰君からは茅君の近況と僕を気遣うようなメールが届く。茅君にも連絡先を教えたのだけれど、茅君は機械に強くないし、ほとんど連絡が来ることはないので、白峰くんからの連絡でしか近況は伝わってこないけれど、元気にやっているみたいだ。
久保谷君からはこうして手紙が届く。
大学生になってアルバイトを始めた久保谷君は自分の生活費をなるべく自分でなんとかしたいみたいで、携帯はもってるけれどあまり連絡はしてこない。
「近況とか手紙で送ってもいいっすか?」と改まって言われると変に緊張してしまったが、こうして文通をしてみると、なかなか良かった。
手紙の中で文字が歪んでいる時は、疲れてるのに一生懸命に書こうとしてくれたんだろうなとか、新しく出来た友達の事を話してくれる時の感じだとか、御影君と喧嘩した話だとか話題は尽きなかった。

今回はどんな事が書かれているんだろう。
受け取った封筒が可愛らしいものなのは、女の子にレターセットを貰ったのかな?
卒業してからもみんなは御影君が寂しくない様にと母校を訪れていたけれど、この春に御影君が卒業してからはそれぞれが忙しいのもあって、この前の創立祭で本当に久しぶりにみんなが集まった。

皆はそれぞれの道へと着実に一歩ずつ進んで行く。
その光景は僕にとって懐かしさを感じさせた。僕が何処かに置いてきてしまった何かを彼らは持っているような気がして少しだけ羨ましい気もする。

「マッキーへ」
から始まる手紙には、まず久保谷君が元気であるという事。そして生誕祭に来るつもりだという事と、レターセットは福祉施設で誕生日に子供たちがプレゼントしてくれたものだということ。最後に来年に控えた教育実習への期待や不安が綴られていた。

それらを読み返しながら僕は久保谷君へなんて返事を書こうか考えた。




三周年&FOOLマスターアップおめでとうございます!!図書室のネヴァジスタという素敵な作品に巡り合えて本当に嬉しいです。これからもTHARHさんの作品を応援し続けます!


◆ ハル
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