枕元にでっかい靴下なんて置かなくても、俺の所には毎年サンタさんがプレゼントを運んで来てくれた。
「にいちゃん、にいちゃん! サンタさん、今年もプレゼントくれたよ!」
 俺は綺麗にラッピングされた枕元のプレゼントを、毎年兄ちゃんに見せにいった。
 俺がプレゼントにはしゃぐ顔を見下ろして、兄ちゃんもどこか嬉しそうに笑ってくれるのを知っていたから。

 ‥ おとなの階段 ‥

「良かったな」
 足元ではしゃぐ俺の頭を、わしゃわしゃと撫でてくれる。その手は今の俺よりも小さな手だったけど、間違いなく頼り甲斐のある大好きな手だった。
「うんっ。ねぇ、にいちゃんトコにはサンタさん来た?」
 綺麗にラッピングされた俺へのプレゼントを抱えながら、その年、俺は何を思ってかそんなことを兄ちゃんに訊ねた。
 すると俺の頭を撫でる兄ちゃんの手は止まり、一瞬だけ固まって口を閉ざした。
 困った時の顔だとは気づいても、その時の俺にはどうして困っていたのかなんて察することは出来ない。
「来てねぇよ」
「なんで!? プレゼントもらえないじゃんっ」
「来なくていいって言ったんだ。その分、清史郎のプレゼントを奮発してくれって頼んだからな」
 大好きな兄ちゃんにサンタさんがプレゼントをくれないのが納得出来なくて、俺は兄ちゃんを見上げながらむうぅっと口を尖らせる。
 そんな俺に小さく溜息を吐いた兄ちゃんは、宥めるようにして頭の上の手を動かすのを再開させた。
「俺のプレゼントがなかった代わりに、欲しいモンちゃんと貰えただろ?」
 俺が出来そうにないことを容易くやってみせた時の、格好いい笑い方をして俺を見下ろす。
 いつもはそんな得意な笑い方が大好きだったけど、この日ばかりはそんな兄ちゃんの笑顔が好きになれなかった。
 だって俺はまだまだ子供で、兄ちゃんにプレゼントのひとつもあげられない。だけどサンタさんなら、兄ちゃんにプレゼントをやってくれる筈だ。
 自分が出来ないことを託したかったのに、サンタさんは俺の一方的な期待を裏切ったんだ。
 少なくとも、その時の俺にはそんなふうに思えて、兄ちゃんの笑顔をいつもみたいに格好いいなんて思えなかった。
「やだ! やだやだやだやーだっっ! にいちゃんにプレゼントないの、すっげーやだっっ!!」
 にいちゃんの膝頭を片手でぽふぽふ殴る。本当はサンタさんをそうやって殴りたかったけど、そこには兄ちゃんしかいなかったから。
 急に叫びだした俺に呆けていた兄ちゃんは、それからすぐに少しだけ慌てたように俺の背中を軽く叩いた。叩いたというよりは、撫でるような優しい動きだったけど。
 さっきまで満面の笑みだった俺が、急に癇癪を起こしたように騒ぎまくったことにびっくりして、そして宥めるのに必死だったのだろう。
「俺はお前がプレゼントを貰って喜んでくれりゃあ、それでいいんだけどな」
「俺が、にいちゃんにプレゼントないのがいや!」
 苦く笑う兄ちゃんを思いっきり見上げて、気づけば浮かんでいた涙と一緒に怒鳴ってみる。
 兄ちゃんにプレゼントをあげないサンタさんのばかっ、サンタさんにプレゼントいらないって言う兄ちゃんもばかっ!
 そう叫ぶと、兄ちゃんの顔に浮かぶ困惑がさらに色濃くなった。
 あまり兄ちゃんを困らせるなって母さんから言われていた気がしたけど、それでも止められなかった。
「じゃあ清史郎、こうするか」
 プレゼントを抱えて泣く俺に、兄ちゃんが小さく溜め息を吐いた。それからふと何か思いついたらしく、背中にあった手が俺の頭にふんわりと乗る。
「大人になったら、お前が俺にプレゼントをくれればいい。清史郎、お前が俺のサンタクロースになるんだ」
 ぽふぽふと俺の髪を撫でるように、そして軽く叩くように手を動かしていた兄ちゃんが、俺と目線を合わせるために身を屈めた。
 涙が浮かんでいた俺の目をまっすぐと覗く兄ちゃんは、凄く楽しそうに笑っている。
「どうだ? 悪くないだろ」
 首を傾げて俺を間近に覗く兄ちゃんが、何か物凄い楽しみを見つけたように口許に弧を描いた。
 その笑みは俺への期待に思えて、気づけば目尻の涙は引っ込んでしまっていた。さすが兄ちゃん。
「うんっ、俺大人になったら兄ちゃんのサンタさんになる! プレゼント、楽しみにしててよっ」
 兄ちゃんの笑顔に返すように、満面の笑みで頷いてみせた。それからプレゼントを床に放って、俺はサンタさんがくれたものより大事な兄ちゃんへと抱きついていった。


 ‥ ‥ ‥

「ってことがあったよなぁって」
 そんな約束をした無邪気な頃と比べたら、俺は大人になれただろうか。
 大人になんかなりたくないと思ったこともあったし、あんなに大好きだった兄ちゃんに失望したこともあった。
 だけども、やっぱり兄ちゃんは兄ちゃんだなって……自分のプレゼントを放り出して、弟のプレゼントを優先する兄ちゃんだったんだと思えて、俺は大人になることをやめずに今を生きている。
「だからって、なんだって深夜に俺の上に乗っかる。しかも、サンタ衣装なんて面白い格好で」
 起き抜けに一発、なつかしい思い出話を俺は兄ちゃんに聞かせた。
 丸まるようにベッドで眠っていた兄ちゃんの上に、一足早いメリークリスマスを叫んで突撃した後のことだ。
 俺の話を取り合えずは黙って聞いてくれていた兄ちゃんだったが、やはり機嫌は悪い。
 寝覚めの悪さで寄る眉間とか、けっこう渋くて男前だと思えるけど。
「思い立ったら吉日かなって!」
「清史郎、少し物事を考えてから行動に移すことを覚えろ。大人になる前の約束として覚えてくれ」
 軽く笑ってみせた俺に、布団をかぶりながら兄ちゃんは溜め息を吐いた。それでも、馬乗りになっている俺をどかせようとはしない。子供の頃とは違って、それなりに重くなったのにな。
 こういうところは大好きな兄ちゃんのままで、俺は兄ちゃんの身体にのし掛かりながら思わず笑ってしまう。
「大体、クリスマスにはまだ早いだろう。それじゃあ童謡のサンタクロースまんまじゃないか」
「だって兄ちゃん、クリスマス前後には適当に彼女作ったりするって咲から聞いたもん。だから、早くしないと意味ないかなって」
 子供の頃に歌った陽気なメロディーに包まれたサンタの歌。確かにそれっぽい自分に納得しながら、頬を膨らませて抗議のポーズを返す。
 そんな俺の言葉に、布団をかぶって見ないフリを貫いていた兄ちゃんが目だけ覗かせてこちらをじっと見上げてきた。
 覚えのある困り顔を見ると、せっかく困らせないようにと気を遣ったあわてんぼうのサンタクロース作戦(たった今名付けた)だったのに、俺はサンタクロースっていうのがきちんと存在していたことを信じていた頃のままなんだと思えてしまう。
「サンタクロースが来るかもしれないからな」
 久しぶりに落ち込みかけたその時、布団にくるまれた声で兄ちゃんがぽつりとこぼした。
 思わず口を開けて、いまだに馬乗りしている兄ちゃんの顔を改めて見下ろす。
 気づけば兄ちゃんの困り顔なんてどこにもなくて、ただまっすぐに俺を見上げていた。
「だから、少なくとも夜は一人でいるつもりだった」
 サンタセットの赤い三角帽子をかぶった俺の頭に片手を伸ばした兄ちゃんがそう落として、帽子の白いもこもこと一緒にくしゃりと一度撫でてくる。
 その手は、まっすぐに見上げてくる兄ちゃんの笑みで、わずかに細まる目とおんなじくらいにくすぐったい。
 まじまじとその目を見返して、俺はどうしようと眉を寄せた。
「何それ、早く言えよ」
 さすが兄ちゃん。
「そうしたら、あわてんぼうのサンタ状態にならなくて済んだじゃん」
 そう詰るみたいに言いながらも、俺は笑っていた。馬乗りになって見下ろすかっこいい俺の兄ちゃんに、挑む様に鼻を鳴らす。
「んじゃ、当日楽しみにしててよ」
 一度ならなくていいと本気で思った大人ってヤツにはまだ少し遠いけど、それでも子供の頃に願った、俺のサンタさんになってくれた人のサンタにはなれると思うから。
「ああ。出来れば、朝一はやめてくれると有難い」
 そう笑って頷く兄ちゃんは、俺のサンタさんだった頃よりもずっと大人になっていて。それでもクリスマスに貰えたプレゼントを見せに行った時と変わらない笑顔でいてくれる。

 そんな人に子供の頃の約束を叶えに行く日、そこにはクリスマスツリーを用意して迎えてくれる兄ちゃんがいるのだけど。
 ──それはほんの少し、後の話──。

 ─END─




図書室のネヴァジスタ3周年おめでとうございます!
1周年をお祝いした時からこの3周年を迎える現在、気づけば思いの他ネヴァの世界が広がっていまして、改めて振り返ると驚いてしまいます。
その広がりは本編あってこそであり、改めてこの作品に出会えた事や、広がっていく世界を楽しめる事が幸せだなと感じられる今日この頃。
きっと4周年を迎える頃には、更に予想外の、もしくは予想していたけどまさか!? の世界が広がっているかもしれませんね(笑)。いいぞ、もっとやれ←
そんな可能性を感じさせてくれるネウァジスタの世界を生きていたキャラクター達と、彼らを生み出して下さったタースさんに改めて感謝を。3周年ありがとうございます!


◆ 雪夜
◆ @hisetu08



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