忘年会

「それではみなさん、今年もお疲れ様でした!乾杯!」
「乾杯!」
校長挨拶の後、かけられた教頭の音頭を合図に、座敷に合唱が響き渡る。
グイッと一口に煽ったビールが心地よい。
勢いのまま、グラスを空にしてしまった。
「相変わらず、貴方の一口は一口じゃありませんね」
「ビールは最初の一杯が最高に美味しいもので、つい」
「貴方はいつもそれですね」
言い訳のように口にした言葉は、佐藤先生の口の端を笑みの形に変える。
「まあ、否定はしませんが」
小さく囁くようにそう言って、瓶ビールの口をこちらに向ける。
その飄々とした反応もいつもの事だ。
「あ、ありがとうございます」
僕は笑って、お酌を受けた。
「今年の生徒たちは大人しくて、助かりました」
「反面教師って奴ですよ。ねえ?」
「ああ、あの子たちは本当に……。特に去年の」
「御影ですか。槙原先生、よく最後まで見守りましたねえ」
「ええ、本当に。まさかあの子があの進路を選ぶとは。意外でした」
聞こえてくる教師達の会話に少しむっとしてしまう。
が、タイミング良く背中をぽんぽん、と叩く手に気をそがれた。
そしらぬ顔してビールを飲む、隣の教師の仕業だ。
何だか肩の力が抜けてしまって、刺身に箸を伸ばす。
「今年は三年の担当ではないので、まだ気が楽でしょう、槙原先生?」
突然こちらに話の矛先を向けた学年主任に苦笑する。
楽と言っても、教師にはやることが多い。
3年の月日が流れた今も、覚える事はまだまだある。
それでも、担任の受け持ちから外れた今年は、仕事環境に慣れたのもあって少しは気楽ではあった。
「ええ、そうですね」
「二年続けて3年担当でしたからね、今年は随分楽でしょう」
「楽ついでに、屋上の掃除なんてどうです?」
「あはは……。あ、どうぞ」
「ああ。どうも」
新任時代のあの事を掘り返してくるとは意地が悪い。
内心舌打ちをしつつ、少し減った教師のグラスにビールを注いだ。
去年僕に酔い潰された事を思い出しただろう。
学年主任は目をそらし、自分の隣の教師と別の話をはじめた。
「あの子たちは、特別インパクトがありましたからね」
暗に気にしない事ですよ、と告げる佐藤先生に苦笑をこぼした。
「どんな大人になるんでしょうね。ああ、茅君はやはり政治家かな」
「辻村君は今も小説を出してますよ。新刊が出ると、贈ってくれるんです」
「そうですか。それは、それは」
「あんまり読めてはいないんですけど。嬉しいですよね」
佐藤先生は微笑んで肯定し、仲居さんに御銚子と御猪口を2つづつ頼む。
何も言わずとも、飲むだろうと思われているのが少し心外だ。
飲むけど。
間違いなく飲むけど。
「あの子たちは、就職したら貴方に頼りをよこしそうなものですね」
「僕ですか?」
「ええ。結婚式にも呼ばれるかもしれない」
「そんな、大袈裟な」
「あながち大袈裟でもありませんよ。高校時代の恩師は忘れられないものです」
「かくいう私も、教師になれた事を、恩師に報告に行ったものです」
僕の小皿に鍋の具を取りながら告げた佐藤先生の言葉に目を丸くする。
「佐藤先生がですか!?」
「意外でしたか?」
「いえ、そんな!……ちょっとだけ」
「素直ですね」
楽しそうに笑いながら、佐藤先生は自身の小皿にとった鍋の具を口にする。
「彼らにとって、貴方はそれだけの存在だと自覚した方がいいですよ」
「えぇ?そうでしょうか」
「そうですよ。これからも、そういう生徒は増えるでしょうし。部活を受け持ったら、さらに増えますよ」
妙にはっきりと断言して、御猪口を傾ける。
一口で呑んで、佐藤先生は真っ直ぐにこちらを見た。
「だから、これは警告です……あの子たちの時の様に、心を注ぎすぎないことです」
「っ……どうしてですか?」
「特定の生徒に肩入れするのは、良くはありませんから」
「でも」
「それに、貴方が壊れない為にも」
告げられる言葉に息を飲む。
「私は、同僚を失いたくありませんから」
「ええっと……佐藤先生、酔ってます?」
「まだ酔ってはいませんよ。失礼な」
そうは言うけれど、眉を潜めて小皿を手にした佐藤先生の耳は少し赤い。
「ほら、中身が減ってませんよ。食べなさい」
「あ、はい」
やっぱりこれって、酔ってるんだろうなあ。
少し冷えた鍋の具はあまり美味しくは無かったけれど。
同僚の教師が気にしてくれる。その事が無性に嬉しかった。
「ああ、そうだ。彼らがどんな進路を選んだか、便りが来たら教えてもらえませんか?」
「え?……どうして、佐藤先生が」
「意外でしたか」
「はい……」
「本当に、素直ですね」
子供を見るような温かな眼に、少し照れてしまう。
こんな風に穏やかに、あの子たちの事を話せるようになるなんて。
そんなこと、今まで思ってもみなかったのだ。
「貴方だけじゃありませんよ」
「私にとっても、忘れられない生徒たちだ」
そう言って佐藤先生は御猪口を傾けた。
それを聞いて僕は、なんだか温かい気持ちになったのだった。




図書室のネヴァジスタ発売三周年、おめでとうございます!
3年といえば、入学した生徒が卒業する年数でもあり、節目の年とよく言われます。
今年はエコノベルであったfoolのフルボイスでのシェアウェア可もあり、
ますます活動の幅を広げられていらっしゃる模様でわくわくが止まりません!
Tarhs様の細やかで丁寧な作品づくりが大好きです。
これからもご活躍を応援させていただきます。


◆ Elie
◆ @208e



Copyright 2013 図書室のネヴァジスタ三周年記念 All Rights Reserved.