「これで全部だっけ?」
 先ほどレジで会計をした商品を隣でエコバックに詰める辻村に俺はそう尋ねた。
「ああ」
 返ってきたのは肯定の声。
 なら大丈夫だ、と俺は辻村と共に年末でいつも以上に熱気が籠り喧噪渦巻く百貨店を後にする。
 冷たい風が吹きすさぶ外はついさっきまで暖房の入っていた屋内にいた身体には堪え、思わず身震いしてしまう。
 慌てて俺は外していた手袋やマフラーをつけようとすると、辻村が俺の鞄をヒョイっと取りあげた。
「さっさとしろよ、白峰」
 呆れ混じりに見下ろしてくる彼に微笑して、手早くそれらを身に付けていく。
 最後にマフラーを口元まで持ち上げ、「ありがとう」とタイミングよく差し出された鞄を受け取った。
 辻村はそのまま無言で先へ進む。
 その背を、恥ずかしがることないのに、と小走りで俺は追いかけた。

 明日から帰省する俺たちは今年最後の買い物を終えてすっかり葉が落ちたイチョウ並木を歩いていく。
 この道もずいぶん見慣れた。
 登下校や買い物の行き帰りに毎日のように通れば当然のことだ。
 高校を卒業し、東京で辻村とルームシェアして暮らすようになってから2年近い。
 最初は慣れない土地での生活に戸惑った俺たちも光智学院での寮生活に順応したようにあっさりと慣れて幽霊棟時代とそう変わらないくらいだ。
 辻村は大学に通いながら辻村は小説家と主夫業を両立させ、俺はそんな彼を時折手伝いながらバイトに明け暮れる日々。
 バイト代の使い道は大抵衣服や生活費だけどそうじゃないものもある。
 例えば、今、辻村が着ている黒のジャケットとか。
 これは俺がバイト代を使って先日クリスマスにプレゼントとしてあげたものだ。
 かわりに俺が貰ったのは……。
 口元の肌触りのいいシルクのマフラーを再び摘み上げて、隣を歩く辻村を眺める。
 奮発しすぎなんじゃないの、先生。
「なんだ?」
「なんでもない」
 俺の視線に気がついた辻村に首を振って曖昧に誤魔化す。
 金額の大きさだけで気持ちを測れるわけじゃない。
 けれど、その分かりやすさは絶大で、俺相手にこんなにしていいのかと不安になってしまう。
 この先、もの凄く大切な人が現れるかもしれないのにさ。
「おい、白峰。さっきから言いたいことがあるなら――」
「そんなに怖い顔してたら明日帰った時に寛子さんに怯えられるよ」
「はぁっ?なんだよ急に」
「だから、そんなんじゃモテないよってこと。女の子には優しくしないと……」
 困惑する辻村をよそに俺は辻村相手に一度もしなかった女の子への接し方をつらつらと語る。
 どうしていきなりこんなことを話し始めてしまったのか自分でもよく分からない。
 前に聞いた時、今は自分のことで精一杯だから彼女は作らないと言っていたのに……。
 ただ、当人はそれでよくても周りが彼を見逃さない。
 この間女の子から告白されているのを見たし、ファンレターに混ざってラブレターが入っていることも知っている。
 学生作家先生は引く手あまただ。
「お前、俺の彼女を作ってほしいのか?」
「違うよ!」
 反射的に大きな声が出た。
 思いもよらぬ驚きで、自分でもつい、「あれ?」と言葉が漏れる。
「あれ?じゃねえよ。自分が言ったことだろうが」
「そう、なんだけど……」
 訝しげな視線を辻村は俺に向ける。俺はそれから逃れるように俯いた。
 なんだか辻村の顔を見ていたくなかった。
 静寂が降りる。
 清史郎がいなくなったみたいだ。
 あの時、俺たちは確かに五人でいたのに一人だった。
 今も二人でいるはずなのに一人でいる。
 何故、説明のできない釈然としない気分になってしまったのか……。
 持て余すこの感情を吐き出すように俺は小さくため息を吐いた。
 すると、突然辻村が俺の右手を掴んで逆方向に歩き始める。
「辻村!?」
「引き返すんだよ。かき揚げ買い忘れたから」
「へっ?」
「今日の晩ごはんうどんにするって言ったらお前、具はかき揚げがいいって言っただろうが」
「う、うん」
「黙ってたんだよ。家に余った鶏のもも肉があったから具にはそれを使いたくて」
「それってつまり、わざと?」
「ああ。怒っていいぞ」
 さぁ、好きなだけ罵れよと言わんばかりに辻村が目を細めた。
 その得意げな横顔は素直に格好いい。
 もしこのことが何事もなく家に帰って発覚したのなら、俺は間違いなく彼の鼻っ柱をへし折っていただろう。
 卑怯だ、やることが汚い、自分勝手だと散々文句を言ってやった。
 なのに、これじゃ――
「言えるわけないじゃない。だって、心配してくれてるんでしょ」
 立ち止まった辻村の笑みが消えた。代わりに握られている手の力が強くなる。
 無意識なのか故意なのか知れない辻村の行為を俺はイエスだと受け取って口を開く。
「寂しくなったんだよ、明日から辻村に会えなくなるのが。たった一週間くらいなのに」
 俺は、「子供みたいでしょ?」と肩をすくませる。
「……年賀状を書く。お前の実家に宛にして。今日出せばまだ元旦には間に合うだろ。そうすれば……いいだろ」
 言葉尻に小さくなっていく辻村の言葉に吹きだしそうになりながら、からかい混じりに俺は問う。
「メールも電話もあるんだけど?」
「時節や情緒を考えろよ。年賀状の方が断然おもむきがあるだろうが」
「じゃ、本気を見せて。最年少で四季文学賞の大賞を取った辻村煉慈先生の本気を。俺が一生の宝物にできるような素晴らしいものを俺に頂戴」
 不器用な気遣いが嬉しくてつい少々無茶な注文をしてしまったら辻村は再び得意げに笑った。
「いいぞ。俺が二の句も告げなくなるような年賀状を白峰がくれるならな」
「分かった」
 勝負に受けて立ったような心構えで俺は辻村の手を一度解き、握りなおす。
「覚悟してて、必ず辻村を黙らせてあげる」
「楽しみだ」
 俺たちは互いにしばらく見つめ合って、それから百貨店へと歩きだした。手は繋いだままで。
 手のひらを重ねて改めて思う。
 辻村の手は大きい。武骨で硬くて、俺の手を余裕で包みこめる。
 けれどこの手は彼の思いを、繊細な物語を表してきた辻村の心だ。
 離すのが惜しくなる。
 寂しさが雪が降り積もるように募る。
 そう、俺は寂しかったんだ。
 辻村と離れるのが、話ができなくなるのが、構ってもらえなくなるのが。
 長い付き合いで今さらな上、あまりに幼稚でわがままな考え。
 仕方ないよね。
 俺は感慨にふけるように瞳を閉じる。
 辻村が手を引いてくれてるからなにも恐ろしくはなかった。
 自分の気持ちでもどうにもならないことはある。
 突然声を荒げたりとか、辻村の顔が見れなくなったりとか。
 だから発散しようと思う。年賀状を使ってぶつけてみようと思う。ありのままを、感じたように。
 ラブレターを送った彼女たちに劣らないものをしたためて。
 手紙なら口にはしにくいことでも伝えられるし、形に残るし、ついでに俺の気も晴れるし――なによりもこれが俺が辻村を絶句させる確かな方法に違いないはずだから。




ネヴァジスタ3周年おめでとうございます!もうそんなに経ったとは信じられないくらいあっという間の3年間でした。今後のご活躍楽しみにしています。大好きですっ。


◆ 梛
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