「あの時ゆっこが僕のプロポーズを受けてくれていたら、今頃僕にも子供がいたりしたのかな……」

気だるげな様子で、槙原が戯れごとを漏らした。
槙原と鳥沢の交際が破綻してから、今年で三年目。
以来、恋人という存在とは縁遠い生活が続いていることに、槙原は嘆きが隠せないでいた。

「大体無理なんだよ。あの学園にいたら、婚活だってまともにできない。このままじゃ僕、神波さんみたいな行き遅れになっちゃうよ」
「牧師の人、だったか。誠実そうだし、あの人なら結婚だってしようと思えばすぐできるだろ」
「えー! 全然そんなことないって。だって神波さんって、凄くねちねちしてるんだもん。無理無理、南ってば見る目ないなあ」

ぱたぱたと手を振りながら、槙原が失礼な否定を口にする。
今までの話を聞いている限りだと、あの辺鄙な場所で槙原にとっては唯一気の置けない友人のような方が、その神波さんに値すると感じ取れていた。
可愛がってもらっているだろうに。酷な奴だ。
デリカシーの無さ含め、やはり槙原は、あの頃と何も変わっていない。

「……はっ」
「何だよ。何がおかしいの、津久居君」
「神波も、おまえにだけは言われたくないだろうと思ってな」
「ちょっと、それってどういう意味だよ!」

静かに煙草をふかしていただけの津久居が、煽るように口を歪める。
むきになっている槙原をあしらう津久居の様は、何処までも軽かった。

槙原を中心に広がる話題、不思議な飲み会。
槙原が例の私立高校に教員として勤めるようになってから、今年で三年。
三年前から変わらない関係が占める俺達の中、輪に加わってきた唯一の異端である津久居賢太郎という存在。
槙原が、あれだけ憎んでいた津久居と他愛のないやりとりをする光景が当たり前になってから……どうしてそうなったのかという詳細を俺が知っている訳でも無いのだけれど、恐らくそれも、三年目なのだろう。

「そう言えば南と津久居君は、二人で飲みに行ったりしないの?」
「は?」
「何故そうなる……」
「電車で一本の距離って、遊ぶのにちょうど良さそうじゃない」

けろりとした顔で不躾なことを言って退ける槙原に、俺も津久居も言葉を濁した。
気難しそうに顔を顰めている津久居は、視線の端でこちらの様子を窺ってきている。
手に取る様に分かる、津久居の困惑。そこはかとない呆れ。
俺と津久居の抱く槙原に対する感情は、似たようなもののようである。


「家が近いっていいよね。気楽に会えるもん」
「おまえと神波なんて、徒歩圏内じゃねえか」
「まあねー。南と津久居君は、お互いの家に入り浸ったりしないの?」
「おまえは神波さんの家に、どんな頻度で入り浸っているんだ……」
「数えてなーい」

そう言って、槙原はグラスに残っていたアルコールを、ぐびぐびと豪快に空けていった。

「ぷはあ! やっぱ、誰かと飲むっていいよねえ。楽しさも、美味しさも、倍になっちゃう」
「……」
「……」
「南も津久居君も友達いないんだし、ぴったりじゃな……痛っ! 何するんだよ、いきなり!」
「おまえが妙なことばかり言うからだろ」

槙原からの生温いアドバイスに耐えかねたらしい津久居が、そのしゃべりを止めるべく、ぺしんと奴の頭をはたく。
不貞腐れたように頬を膨らませながら、槙原はバーテンダーから受け取ったばかりであるウイスキーの表面を、ちびちびと舐めだした。

背を丸める、槙原の縮こまった姿。
拗ねた時に見せる幼さ、それを隠そうともしない素直さ。
槙原は変わらない。相変わらずだ。

俺と槙原の間柄にも変化は無く、一定に保たれた距離感も、俺の望んだ割り切りも、何もかもがそのままである。
それでも槙原のことを身近に感じてしまう、この馴れ合いを悪くないと思ってしまうことこそ、俺がまだ槙原の隣にいられる理由かもしれない。

「槙原」
「いたた……南、何?」
「今、楽しいか」
「はあ?! 楽しい訳ないでしょ、津久居君はすぐ叩くし、ゆっこはからは連絡ないし、神波さんも最近は部屋に泊めてくれないし……!」

ぶり返した悲愴に声を荒げた槙原の不格好に、漏らされた嘆息。二つ。
そのタイミングがあまりにもぴったりと重なってしまったものだから、俺も津久居もついついお互いの顔を見合わせてしまう。

かつて、槙原が世界で一番の憎悪を向けていた男。
その確執というのも、今ではまるで時間の経過で散っていく炭酸のように、微かな痺れが舌に残る程度ということなのだろうか。
塗り替えられた津久居の面影。
想像の中の極悪非道が、なし崩しになっていく。

既に俺から槙原へ、津久居は視線を戻していた。
机に突っ伏している槙原を見下ろしている津久居の、呆れた様子で仕方なさそうに口元を歪めている表情。
温度で言えば、友人のそれ。
俺と津久居の抱く槙原に対する感情は、何処までが似たようなものなのだろうか。
浮かぶ合わせ鏡の可能性に、言葉が出なくなった。




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◆ ミロ
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