二十歳になりました。

その一言だけのメールが今年に入ってから順繰りに五通届いた。
唯一まだ十九歳の青年だけは、つい五分前に少し申し訳なさそうに「二十歳になる予定です」と一言メールを寄越した。

色々思う所がある。
感慨深い、と言っても良いだろう。
彼ら六人が二十歳になるというのは自分にとって格段に意味のある事だった。
少しぼぅっとする頭のまま、無意識に携帯の発信履歴から通話ボタンを押す。
プルルル、と無機質な呼び出し音がかなり長い事鳴った後、不機嫌そうに出た相手の声も、この三年で大分聞きなれてしまった。

「……お前さ、やめろよしょっちゅう電話してくんの」
「良いでしょ別に。僕たちの仲じゃない」
「やめろ気持ち悪い」

電話越しにこれでもかと言う位大きなため息をつく津久居賢太郎を気にも留めず、槙原はまだ少し茫然とした声で話し続ける。

「津久居くん」
「なんだよ」
「あのね、あの子たち、二十歳になったよ」
「……そうだな」
「久保谷くんはまだだけど、今度の成人式は出るんだって。津久居君知ってた?」
「俺にもメール来たからな」
「ねえ津久居くん。あの子たち成人するんだって。大人になるんだって」
「中身はなんら変わってないけどな」

まだガキのままだよ。
どこか優しくそう呟く賢太郎も矢張り思う所があるのか、少しぼぅっとした声を出す。

住み心地の良い幽霊棟を離れ、未来あるあの子達はそれぞれの道へと進む事になった。
最後まで振り回してくれたし、最後まで未練を断ち切れなかった子もいたけれど、結果的にみんな立派に前に進んでいった。
もちろん、一年遅れて幽霊棟を去った皆の中心のあの子もだ。

時折メールや電話は来るものの、やはり顔を合わせて話したりはなかなかできなくて、昔のように毎日あの子達の顔を見られた時が懐かしい。
何故か胸の奥がぐっと苦しくなって、眼球の裏辺りが熱を持ったように痛くなる。
もしかして、自分は泣きそうなのだろうか。

「……ぐす」
「なに泣いてんだよ」
「うるさい……泣いてない……ぐす」
「鼻垂れてんぞ」
「垂れてない、見てもいない癖に、適当言わないでよ」
「そいつは悪かったな」

ぐすり。
もう一度鼻を啜ると、欠片も悪いと思っていなそうな電話先の相手にむっと口を曲げる。
本当に適当なんだから。
心の中で恨みがましく悪態をつき、ぐずぐずと鼻を鳴らしながらふとお酒が飲みたくなった。
なんだろう、娘が嫁に行ってしまった父親はこんな気分なんだろうか。子供がいた事はないし、あの子たちはみんな男の子だけれど。

「津久居くん、二時間後にいつものお店ね」
「……本気か?」
「僕はお酒に関していつでも全力投球だよ」
「俺の予定が空いてない可能性は考えないのか?」
「君が予定のある日に僕の電話に出る訳ないでしょう」
「それもそうだな……」
「津久居くん、今日は飲むよ」
「……今日は?」

何かと理由をつけて月に二度は槙原に飲みに駆り出されている身としては、何が「今日は」なのかさっぱり納得がいかないと賢太郎は唸る。
ましてや今日じゃない日に飲みに行ったって、普段は一緒に飲んでくれる人がいないからと寂しい事を言いながら店の酒を飲み尽くすんじゃないかという程飲む癖に。

「飲み潰れないって約束するなら付き合ってやる。お前を連れて帰ってもらう為に神波を呼び出すのは俺はもう嫌だぞ」
「大丈夫だって!よし、じゃあ二時間後ね!」

嬉しそうな声を隠そうともせずはしゃぐ槙原に現金な奴だなと思いつつ、何となく懐かしい友に会うような感覚になるのだから不思議なものだ。
三年前のあの日までは、あれ程自分を憎んでいたこの男が今や週末に飲みに誘ってくる位にはなっている。
津久居も最初こそ罪悪感や後ろめたさを感じていたが、当の本人が本当にもう気にしていないかのように振る舞うので何となくこちらも安心してしまうのだ。
実際槙原はバカみたいに正直な奴だ。気を遣う事がうまくできる奴じゃないし、良くも悪くも裏表がない。
時折この男殴ってやろうかと思うほど無神経な事を言う事もあるが、面倒見のいい賢太郎は末っ子気質の槙原を何となく放っておけないのも事実である。
何が言いたいかと言うと、何だかんだで賢太郎は槙原と飲むのを嗜好品の一種と位は考えられるようになっていた。

行く前にシャワーでも浴びるかと腰を上げようとしたら、つい一分前に通話を終えた携帯が再び着信を知らせる様に震えた。

槙原か?何か伝え忘れた事でもあったのだろうか?

そう訝しげに思いながら携帯を取り上げるとディスプレイには”御影清史郎”と、弟からの着信を示す五文字。
妙なタイミングに嫌な予感を感じながら恐る恐る通話のボタンを押す。無視することもできたが、無視すると後で余計面倒な事に成り得るのを賢太郎は嫌と言うほど学んでいた。

「……もしも」
「兄ちゃん!!槙原先生と飲みに行くの?俺も行って良い?!」

自分の言葉を遮るように聞こえてきたのは間違いなく自分の弟である清史郎の声だ。飛び出すような元気のいい声に思わず苦笑する。

「(しかしバレんの早すぎんだろ、アイツ)」

どこから情報を聞き出してくるのか、弟はすごく情報通だ。いくら槙原が隠し事ができない性格とは言え、今は同じ場所に住んでいる訳でもないのにこの素早い情報網は一体どうなっているのか。

「お前はこの間もメシ連れてってやっただろ」
「えー!ずりーよ!先生と兄ちゃんだけなんて!俺も兄ちゃんと飲みたい!」
「今度連れてってやるよ。ガキは寝てろ」
「なんだよそれ……俺もう二十歳だもん!ガキじゃねーもん!なーいいだろー!」
「ダメだ。要件はそれだけか?じゃあ切るからな」
「……良いよ、兄ちゃんがその気ならこっちにだって考えはあるから」

急に低くなった弟の声に思わずぎょっとする。
清史郎の逆鱗に触れるのは大変よろしくない。そのせいで三年前自分はあの幽霊棟に監禁されたのだから。

「おい、まさかお前また妙な事を考えてる訳じゃないだろうな」
「じゃあね兄ちゃん!」

人の質問には一切答えず一方的に電話を切った弟に嫌な悪寒が背中を走った。

嫌な予感がする。
とても面倒な事が起きそうな。

慌ててリダイヤルのボタンを押してみたが聞こえてきたのは「電源が入っていないため」と言う無機質なアナウンス。

こうなってしまうと賢太郎にできることは残念ながら、ない。
精々あまり面倒な事になりませんようにと祈る位なのだ。

どうか血の繋がった弟が、新たな犯罪を起こしませんように。

風呂場の扉を開けながら、賢太郎は憂鬱そうに大きく一つため息をついた。

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「津久居くん、ごめん、見つかっちゃった」
「……なんでお前たちがここにいるんだ」

約束の場所へ行くと、えへへと悪びれもなく笑う槙原の後ろには見覚えのある顔が六つニンマリと並んでいた。
あの幽霊棟に住んでいた頃よりそれぞれ成長して子どもっぽさが抜けたと思っていたが、こう悪戯が成功した時のような顔は正しくあの時の少年六人組のままだった。

「賢太郎、久しぶり。良い子にしてた?」

ここ一年でグンと背が伸びて大人っぽさが増した咲が手を振って挨拶をする。さらりと嫌味なく挟まれる流し目は成程、これはモテる男の態度だ。

「咲、また背が伸びたのか?」
「ふふん、そのうち賢太郎を抜くから覚悟してね」
「そう簡単には抜かれねえよ」
「最近猫を飼ってるの。名前はケンタロウ」
「嘘だろ?」
「ほんと。可愛いよ。気まぐれに僕の手を噛むけど、でもそれも僕に甘えてるって事なんだ」
「俺の名前を動物につけるのはよせ、名前は変えろ、いいな?」
「変えたらもっと会いにきてくれる?」
「善処はしよう」
「じゃあ変えておく」

得意げに笑う咲の頭をくしゃっと撫でてやるとくすぐったそうに、けれど嬉しそうに咲は喉を鳴らす。

「津久居さん、こちらの席が空いてますよ」

柔らかい声で自分を呼ぶ茅の声の方へ向かおうと彼に向き直ると同時に賢太郎はビクリと肩を震わせる。
思わず素っ頓狂な声が出た。

「晃弘、お前、眼鏡は?!」

茅と言えばメガネ、メガネと言えば茅というイメージがあったのに、今茅の顔にはメガネが見当たらない。
茅は少し得意げな顔でふふと笑う。

「コンタクトですよ」
「コンタクトぉ?!お前が?!」
「俺が勧めたんだ。茅は素材が良いんだから勿体ないよって」
「あぁなるほど、春人が勧めたからやったのか」

合点がいったというように頷く。

「……もう目に指を突き付けたりするのも平気なのか?」
「はい。まだ人にされるのは怖いけれど、自分でやる分には」
「そうか」

誇らしげに微笑む茅の頭も、咲と同じようにぽんぽんと軽く叩いてやる。
目を細めて、茅は嬉しそうに笑った。

「春人は髪を切ったんだな」
「うん、瞠が短くしてるから、ちょっと真似してみた。大人っぽくなったでしょ?」

ふふ、と上品に笑う白峰の髪は以前のように襟足に着くほどではなく、さっぱりと清潔に整えられていた。
元から落ち着きある佇まいのせいか彼の言うように大人っぽい色気のような物さえ感じられる。

「そういえば次の劇でも主役をやるって聞いたぞ」
「そうなんだよね。ありがたいことに、脚本書いてる先輩が俺を主役に立てたくて書いたシナリオだから是非って」
「どんな劇なんだ?」
「現代版スターウォーズみたいな感じかな」
「……さっぱり想像がつかん」

眉をしかめて見せると春人はおもしろそうにクスクスと笑った。

「かっこいい、ヒーローの役なんだ。悪い人をやっつけて、お姫様を助けるの」
「そりゃやりがいがある」
「本番、見に来てくれる?」
「暇だったらな」

そう言ってまた頭をぽんぽんと。
優しく笑う春人はありがとうとお礼を口にした。

「知ってるか、コイツ、最近じゃファンクラブまでできたんだぜ」

白峰の横に座っていた男がニヤニヤ笑いながら言うと白峰は「辻村!」と責めるように声を上げてその男の肩を叩く。

「なんだよ、本当の事だろうが、”ハルトさま”」
「やめてったら!」

決まりが悪そうに顔を顰める白峰を見るとどうやらそれは本当のようで、辻村はフンとバカにした様に鼻を鳴らす。
その様子に相変わらずだなと苦笑しながら賢太郎は煙草に火を点けた。

「そういう煉慈だって、この間また文学賞取ったらしいじゃないか。グラビアピンナップとか言って、何枚もアイドルみたいな写真がうちの系列雑誌に載ってたぞ」
「あれは俺は嫌だったんだ!なのに叔父貴が良い宣伝になるからやれって勝手に……ッ」
「宣伝にはなったんじゃねえか?憂いを帯びた瞳に子供らしさと大人への階段を登るアンバランスさを兼ね備えた独特のアンニュイさが魅力だってうちの女記者が大絶賛してたぞ」
「やめろ!!」

耳まで真っ赤にした辻村は目を三角に尖らせながらテーブルをバン!と叩いた。
その様子に白峰も満足そうだ。
く、く、と賢太郎も喉を鳴らす。
ガタイは良い癖に、相変わらず子供っぽくわかりやすい奴だ。

「神波を家族旅行に連れて行く計画はどうした?」
「どうもこうも、あの頑固牧師がなかなか折れなくて難航してる」
「お前たち一家はどいつもこいつも頑固だからな」
「俺は素直だろ」
「昔に比べたら、な」

そう言って鼻をきゅっと摘まんでやると再び「やめろ!」と目を三角にして賢太郎の腕をはじく。
弾かれた腕をそのまま頭に持って行ってくしゃくしゃと頭を撫でじゃくる。

「しかしなんでこんな大所帯になったかな……」

それぞれが自由奔放に注文を頼んでいるのを見て賢太郎はため息をつく。
元々槙原と一緒の予定だったので静かに落ち着いて飲む酒、という印象ではなかったものの、これではただの飲み会だ。
そんな賢太郎にいつの間に隣に来ていたのか、清史郎が口を尖らせて反論する。

「兄ちゃんが悪いんだよ!兄ちゃんが俺が電話した時に来て良いって言えば、奢るのは俺だけで済んだのに」
「いやちょっと待て、全員分俺の奢りなのか!?」
「そりゃそうだよ、兄ちゃん、学生の俺達に払わせる気?」
「ていうかお前また清ちゃんの事邪険にしたの?賢太郎、サイテー。慰謝料を請求する」
「そうだそうだ!兄ちゃん、慰謝料!」
「なんでだよ……」

意地悪く笑う久保谷と、その久保谷の肩に手を回しながらけらけらと笑う清史郎に頭を抱える。
そりゃあ片や社会人、片や学生。払わせる気など毛頭ないとは言え、元々払う予定のなかった金だ。
財布にだってそこまでの金が入っているかわからない。
賢太郎はこっそりカードが使えるかを確認した。

「苦学生をしてる俺達に愛の手を〜ってね」
「お前が言うとシャレにならん」
「出世払いでお願いします」
「その言葉忘れるなよ」

ありがたき幸せ〜とふざけた態度で答える瞠は、咲に切ってもらって以来髪の毛を短いままで保っている。本人曰く「もう願掛けは必要ないから」という事らしい。
短くなって少し外跳ね気味の髪の毛と相変わらずくるくる良く動く大きな瞳が依然よりずっと子供らしく光っていた。
妙に達観した所がなくなったせいか、年相応に笑う事が多くなりこの間初めて白峰と喧嘩をしたと清史郎から聞いた。
きっかけは些細でもう何が原因だったか覚えてもいないが、数日後にお互い泣きながらごめんね〜っと抱き合って謝っていたという報告まで入っている。

「瞠、何飲みたい?」

横からメニューを差し出した白峰と額を合わせながら瞠は同じメニューを覗きこむ。

「ハルたんは何飲むの?」
「俺はウーロンハイ飲みたい」
「んーじゃあ俺はラムコークにする」
「オッケー。一口ちょうだい」
「いいよー!俺にもハルたんの一口ちょうだい」

”ハルたんと同じのにしようかなぁ”
かつての瞠だったらそう言っただろう。
賢太郎はほほえましい二人のやり取りに後ろからぐりぐりと頭を押す。
久保谷から悲鳴が上がった。

「ぎゃ、何すんだよ賢太郎!ハウス!」
「帰っていいのか?お前らのお財布がいなくなるぞ」
「あースンマセンでしたー帰らないでくださいー」
「棒読みじゃねえか。ていうか瞠、お前未成年だろ」
「う……そ、そうだけど、俺だって来年には二十歳だし、今度の成人式は出るし」
「ていうか正直今更だしね、散々飲んでたもの」
「飲む場所が家の外か中かで大分話が変わるんだよ」
「じゃあ兄ちゃんは瞠だけお酒飲むなって言うの?」
「津久居さんは久保谷だけ仲間外れにするんですか?」
「いじめは良くないと思うよ賢太郎」
「最低だな」
「慰謝料を請求しよう」
「そうだ」
「そうしよう」
「お前らその無駄な連帯をやめろ」

わいのわいのと騒ぎ立てる六人に肩をがっくりと落とす。

「それに俺が良いって言ってもここにいる教師はダメっていうんじゃないか?」

メニュー選びに夢中になっていた槙原を顎で示すと、槙原は顔を上げてあっけらかんと「別に僕は構わないと思うけど」と言う。
それでいいのか、現役教師。

「だってみんなもう大人だよ?僕の教え子は卒業。もう立派な大人なんだから」
「お前のその自分ルールみたいなのは何なんだろうな」
「それに久保谷くんだけ仲間外れなんかかわいそうでしょ。一緒に飲もうよ」
「どこの学校に教え子に酒勧める教師がいるんだよ……」
「ただしちょっとだけね、飲みすぎちゃだめだよ」
「マッキーにだけは言われたくないなぁ」

そう言いつつも嬉しそうに笑う久保谷は目をくりくりさせながらありがとうマッキーとはにかむ。
それを見た賢太郎も諦めたのか近くに居た店員にビールを頼んだ。
元来彼も真面目な方ではないので、あまり煩くは言うつもりがないようだ。

「良いか、お前達全員一人でも酔いつぶれたら置いて帰るからな」
「ごちそうさま賢太郎」
「出世払いでお願いしマス!」
「いよっ!兄ちゃん太っ腹!」
「必要なら体でお返しするよ?」
「ごちそうさまです津久居さん」
「今度お前ん所の取材一個受けてやるよ」
「最後二人は下手したら俺より金持ってそうだけどな……」
「ごちそうさま津久居くん!」
「お前は自分で払えよ!」

図々しくも学生たちと一緒に自分に敬礼してみせる槙原のおでこに強めのデコピンをお見舞いしてやる。
若干の鈍い音と共に槙原のメガネがずり落ちる。いたい!と文句を言う槙原を無視して店員の持ってきたビールを受け取ってグラスを傾けようとした。
が、清史郎の待ってよ兄ちゃんと言う声でその腕が止まった。
清史郎は他の者たちの腕も止めさせてみんなの視線を集めさせつとにかりと楽しそうに笑った。

「先生と兄ちゃんに乾杯の音頭を取ってもらいます!」
「マジかよ……」
「え〜なんか照れるなぁ」

あまり参っていなそうな笑顔の槙原と違い賢太郎はゲッソリした顔で弟を恨めし気に睨む。
乾杯なんかどうでもいい、さっさと酒を飲みたい。
本当の事を言うと7人ものボケ相手にツッコミ疲れたのだ。酒でも入れないとやってられない。
ただボケボケ話している槙原はいい気なものでじゃあ僕から…なんて言って咳払いをしながらグラスを片手に掲げた。
六人が同じようにグラスを掲げるのを見て、賢太郎も仕方なしにグラスを掲げる。

頼むから、短めにしてくれよ。

そんな賢太郎の願いを知ってか知らずか槙原が意気揚々と話し始めた。

「思えばみんなと会ってから、もう三年も経つんだねぇ」

あ、だめだ。これは長くなるパターンだ。

「色々あったね。あの時の君たちは本当にまだ繭に包まれた外界を知らない子供で、繭が破れないようにどんどん内側を補強したせいで自分の住む世界を狭くしていってた。最初君たちは僕がその繭も問答無用に突き破るもんだから、敵襲だー!ってな具合に、すごく攻撃的だった」

懐かしむように槙原の眼鏡の奥の瞳が細められる。

「でも君達はそれぞれがすごく頑張った。繭を破って外へ出た先で息ができるかはわからない。それでも苦悩しながら、繭の外の世界を見る事に決めたんだよね。それってすごいよ。みんなすごくかっこいい」

そう言ってぐるりと六人の顔を見渡す。皆それぞれ、真剣な神妙な顔でそれを聞いていた。

「君達は、大人になった。大人になりたくないと言っていた君たちに誇れるような大人ではなかったかもしれないけれど、それでも僕らの言葉に耳を傾けて、繭の外へ出てきてくれた。僕はそれに本当に感謝してるんだ」

槙原は朗らかに笑うと噛みしめるように一人一人の名前を呼んだ。

「みんな、良く頑張りました」

その槙原の言葉に久保谷がとうとうその大きな瞳からぽろんと大粒の涙を零す。
それを見た槙原は困ったように笑いながらそれを拭ってやった。

「泣かないで久保谷くん」
「ごめッ……ちがくて、な、なんか、うう……」
「もー瞠は泣き虫なんだから」
「そういうお前だって鼻声じゃねえか」
「辻村、君だって鼻が真っ赤だよ」
「みんなウサギみたい、目が真っ赤」
「みんな泣き虫だなー!」
「こういう姿を見てると、お前達もまだまだガキだな」

ふっと優しく目じりを緩ませながら笑う賢太郎に、六人の啜り声が一際大きくなった。
槙原と賢太郎は少し目を合わせると優しく笑って六人におしぼりを渡してやる。

六人にとって、成人するのは多分すごく怖い事だっただろう。
だからこそ、それを乗り越えた事を素直に賞賛したかった。
よくがんばったねと。生きていてくれてありがとうと。

「みんな、成人おめでとう」

そう言ってグラスをちょっとあげる槙原に習って、六人も目を鼻を擦りながらグラスを掲げた。
それぞれが過去に繋がれた暗い顔ではなく、晴れやかで誇らしげな顔で微笑んだ。

怖くないと言ったらウソになる。ネヴァジスタに未練がないと言ったらウソになる。

それでも六人は前に進むことを決めたのだ。
振り向いてもいい。忘れられなくても良い。
それが当然なのだ。その過去すら自分の一部なのだから。
そうやって少しづつ、大人になっていけばいい。
槙原は嬉しそうに微笑んだ。

「さて、じゃあ締めは津久居くんにお任せしようかな」
「いや、俺はいいよ、今のお前ので」
「ダメだよ!さっきのは僕のスピーチなの、取らないでよ」
「連名で俺の名前も書いておけ」
「ダメ!」
「兄ちゃん」

弟の声にそちらに顔を向けると、六人が期待のこもった目でこちらをじ、と見ていた。
その瞳に面倒そうにため息をつく。

「あー……成人おめでとう。酒もタバコも好きなだけやれ。以上」
「ちょっと!」

それだけ言ってビールを飲もうとした腕を槙原によって止められる。

「もうちょっとあるでしょ!なにそれ、僕の感動的なスピーチが台無しだよ」
「自分で言うか?そういう所が残念だよな、お前」
「君に言われたくないよ!」
「わかった、わかった、じゃあ一つだけ追加な」

あーだこうだと文句を言う槙原を振り払い自分を穴が開くほど凝視する弟に目を向ける。

「清史郎」
「なに、兄ちゃん」

ビー玉のように好奇心旺盛な瞳が光る。
幼い頃から、自分に溢れんばかりの好意を伝えてくる真っ直ぐな瞳は本当に変わらない。
ずっと見ているとこちらの本性が暴かれそうな気がする瞳だったが、だからこそ賢太郎はまっすぐその瞳を見つめ返した。

「大人になって、良かったか?」

そう聞くと清史郎は少し視線を泳がせた。
はっきり物を言う清史郎にしては珍しい、どう答えるべきか迷っている目だった。
幾度か逡巡し、再び賢太郎と視線を合わせるとぽつりとつぶやく。

「まだ、わかんねぇ」
「……」
「けど、兄ちゃんと、皆と、こうやってお酒が飲めて、嬉しい」

にひひ、といつものように笑って見せる弟の頭を「そうか」とつぶやきながら優しく撫でてやる。
それから賢太郎をそれぞれの名前を一回づつ呼ぶと、誇らしそうに笑いながらグラスを少し上に掲げた。

「……大人も捨てたもんじゃないぞ、俺みたいな良い男と良い酒が飲めるからな」

良く言うよ、図々しい、そう笑って言いながらもそれぞれがグラスを打ちつけて乾杯を唱える。
カランと透き通った音が幾重にも重なって和音になった。

一生で一度の子供から大人になる儀式。
嫌だと言っても否応なしに強制されるものだけれど、できる事なら望んでそれを迎えて欲しい。
子供である事、大人になる事、繭の外へ出る事。
変化はいつだって怖いけれど、その悩んだ時間だってきっと無駄にはならない大切な時間だから。

賢太郎はグラスをカキンと音を立ててぶつけると、タバコを灰皿に押し付けて片口を上げてニヒルに笑って見せる。
それは紛れもなく大人の男の微笑みだった。

「成人、おめでとう」

大人になりはじめた青年達はその微笑みに誇らしげに、笑って返してみせた。
いつか自分たちが大人になって子供たちに繭の外の世界の話をするとき、この二人のようにカッコイイ大人の微笑みを見せていたい。
そう、思いながら。

 




あの頃17歳と16歳だった彼らの三年後。とうとう彼らも成人ですね…。感無量です。そう思いせっかくなので成人ネタにしてみました。皆が成人を迎えられた事に涙がちょちょぎれそうです。新参者の私ですが、このように皆さんと三周年をお祝いすることができてとても嬉しいです。TARHS様、素敵な作品をありがとうございます。ネヴァジスタに巡り逢えて本当に幸せです。願わくば皆が幸せでありますように!三周年、おめでとうございます!!


◆ 澪(れい)
◆ @rei0x0
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